感染症の思い出

今年は新型コロナウィルスの影響によって、いつもとは違う夏になっている方がほとんどだと思う。しかし、小さな子供や育児中の養育者にとっては「いつもの夏」など存在しない。あるのはただ「今ここにある夏」だ。そもそも幼い子どもにとっては毎日が新しい季節の連続なのである。
昨年の夏の自分はいったいどんなふうに過ごしていたのか、記憶がかなり曖昧(というかほぼない)ので記録を遡ってみた。
その結果、息子が果てしなく鼻水を流していたことだけはわかった。「ああ、川の流れのようにー」と思わず美空ひばりさんの歌声が脳内で再生されるほどだったと思われるが、当然歌のようにおだやかなものではなく、ほぼ滝に近いこともあったらしい。

生まれたばかりの子供はあまり風邪をひかないそうだ。それは親の免疫をそのまま受け継いで生まれてくるので、しばらくはそれに守られているということらしい。そんなことを子供が生まれるまで全く知らなかった自分は、人間の動物としての進化とその機能に驚いた。
しかし、その免疫に守られるいる時間にはタイムリミットがあり、いずれ自分で作らなければいけないタイミングがやってくる。生まれた時から免疫のカウントダウンは始まっていたのだ。
そして、ちょうど昨年の初夏、ゴングが鳴った。守られていた免疫の期限が切れ、戦いの火蓋が切られたのだ。

日々川のように流れ続ける鼻水と咳、そして予期せぬ発熱。さらに「子供の風邪をうつされるとキツイ」と育児の先輩たちにもよく言われてきたが、これもまたかなり強烈であった。

それにしても世の中にはたくさんの感染症がある。水痘、麻疹、BCGなど自分でも記憶のある名前や予防接種がかなりあるのだが、現在求められている子どもの予防接種の種類はもはや全て覚えておくのが難しいほどに多い。遠くない未来に新型コロナウィルスのワクチンが開発されたなら、さらにその項目はまたひとつ増えることになるのだろう。
とにもかくにも昨年の夏は子どもの感染症との戦いの日々であり、自分たちの日常は、そんな危ういバランスの中に辛うじて保たれていることに育児を通してあらためて気がつくことにもなった。その中でも特に記憶に残っているものがある。

ずっと続いていた夏風邪による鼻水と咳がようやく収束したと思われた時に、水痘(水ぼうそう)の予防接種を予約していた時期が重なった。なんとかこのタイミングで受けようと思ったその3日前、子どもの身体に紅斑と呼ばれる小さな赤い点が見つかったのだ。

もしやこれは。。。そう、まるで予防接種を察知して先回りされたかのように、しっかりと水疱瘡にかかっていたのだ。やられた。完敗である。
予防接種というのは先に体内にワクチンを入れて抗体を作ってしまおうというものなので、もしもかかってその後回復した場合には受ける必要はない。ではなぜ受けるのかと言うと、「かかっちゃうと大変だから」なのである。
自分も子供の頃にかかった記憶があるが、発熱とその後に体中にぶつぶつが出来、それが水泡状になって痒くて引っ掻いてしまう。破れるとさらに痒みと痛みでかなりの期間辛い思いをした事をうっすらと覚えている。治った後もしばらくはその紅斑の跡が残り、消えるまでに時間もかかるので出来たらかからずに済ませたかったが、なってしまったものは仕方がない。
その後もしばらくまた咳や鼻水が続き、常に何かしらの感染症にかかっている状態だった。出来るだけ気をつけていたにもかかわらず、予防接種を先回りされた悔しさと絶望感は忘れることが出来ない。

さらに追い討ちをかけてその後登場した敵は「RSウィルス」と言うものだった。RSという名前はなんだか特別仕様の速いクルマみたいでかっこいいが、ほとんどの子どもが2歳くらいまでにかかる感染症のひとつらしい。自分が子供の頃にはそんなものはなかった気がするが、医師が言うのだから信じるより仕方がない。「一応検査しますか?必ず出ちゃうと思いますけど」と病院で言われ、結果、やはり医師の言う通りになった。
とにかく咳が止まらないので、咳止めと背中に貼るシールのような薬をしばらく使うことになった。
ちなみに僕たちの年代の男子で「RS 」と言えば、スポーツカーの特別仕様「racing special」を思い起こすが、実際には(respiratory syncytial virus infection)というらしく、ワクチンも特効薬も特にないらしい。何度かかかっているうちになんとなく免疫が出来るので薬で症状を抑える対症療法がメインの対処法になるそうだ。

そして仕上げは「手足口病」である。「手足口病」とは、RSと比べるとネーミングがさらに直球で凄まじい。文字通り手と足と口を中心に症状が現れる感染症だが、どうせならもう少しふんわりとした名前を付けてもらうことが出来たら養育者の気持ちも少しは楽になるかもしれない。

他にもおなかを壊したり吐いたりすることも多かったが、そんな時は「うーん、きっと流行りのお腹の風邪ですね、お薬出しておきましょう」とかかりつけの医師に言われるも、ノロウィルスやO-157、インフルエンザなどという確定的な診断はされなかった。そのくらい子どもにとってこのような症状は一般的で「風邪症候群」の中に入るもので数も多いということなのだろう。

とにかく、世の中にはたくさんの感染症がある。注意が必要なのはコロナだけではないし、小さな子どもたちにとっては(大人にとっても)重症化するリスクの高いものもたくさんある。是非気をつけて「今ここにある夏」が「いつもの夏」に変化していくことを願いたい。

(by 黒沢秀樹)


※編集部より:全部のお便りを黒沢秀樹さんが読んでいらっしゃいます。連載のご感想、黒沢さんへの応援メッセージなど何でもお寄せください。<コメントフォーム