虫取り網から思うこと

ついに子どもにせがまれて虫取り網を買うことになってしまった。前回大きな公園に来た時に同じくらいの年の子がバッタやカマキリを捕まえているのを見ていたからか、ついに図鑑や映像ではない、本物の昆虫と触れ合う機会を持つことになったわけだが、この年になって自分が虫取り網を手にすることなど夢にも思っていなかった。人生というのは本当にわからないものである。

ともあれ、台風一過の週末の公園は、お盆の時期だからか思ったほど混雑しておらず、家族連れが穏やかに過ごす休日の光景が広がっていた。ホッとする反面、実はそれぞれに抱えている、様々な状況があるのかも知れないなあ、と考えてしまうようになった。
というのも、このところ痛ましい子どもに関する事件や事故のニュースが多く報じられているからである。
世の中の多くの意見はこうだろう。「どうしてそんなことさえわからないのか」「信じられない」「なんてひどい親だ」「かわいそう」。。。
そのニュースを「またか、世の中どうなってんだか」とやりすごしてしまう人たちがほとんどだと思う。自分ももし育児に携わっていなかったら、きっとそのうちのひとりだったはずだ。
そしてこの先もまた同じような事件や事故が起こることは容易に想像できる。

このノートで以前も書いたが、このような事件や事故は、小さな子どもを育てている養育者全てにとっては他人事ではなく、もはや自分を含めすぐ目の前や隣でいつ起きてもおかしくない状況になっているように感じる。その原因は何なのか、少しでもなくすことが出来ないのかを考えてしまう。

紙おむつを洗濯機で爆発させてしまったりした時など、育児について悩んだり失敗したりするとすぐに「全てを捨てて誰も知らない遠い国に行ってしまいたい気持ちになる」とこのノートでは定型文のように時折書いてはいるが、実はこれは本音でもある。
自分のようにかなり自由のきく生き方をしている人間でさえそう思うのだから、世の多くの育児中の方々の大変さはいかほどのものかと思う。

自分が問題だと感じるのは、育児に関する現実的な情報の共有が圧倒的になされていないという事実である。正直に言って自分も妊娠、出産、育児というのがどれほどのリスクと困難を伴うものなのか、子どもを授かるまでは全く想像ができていなかった。
そもそも妊娠、出産というのは命に関わる大怪我をしたのと同じくらいの負担が心身にかかることであり、運良く無事に出産できたとしても多くの母親はその状態からすぐに3時間おきに授乳をしたり、眠ることさえままならない過酷な状況の中に置かれる事になる。今はweb上にたくさんの有益な情報が溢れてはいるが、そんな状況になってから必要な情報を探してたどり着くまでの気力や体力はほとんど残されていないと言うのが実際のところだろう。そしてそれさえも使い方によっては養育者をさらに混乱させ、不安や孤独、何を信じていいのかわからない出口のない迷路の中に迷い込んだような気持ちを作り出す原因になってしまう可能性もある。

さらに日本ではまだまだ男女の育児負担には偏りが多いのが現実で、そうした情報共有や教育が充分に得られないままに養育者になった男女が価値観の違いという、言い換えれば知識の総量の不足によって一緒に生活ができなくなったりするケースも多いと思う。
様々な要因があるとは思うが、ニュースになるような事件や事故を起こしてしまう養育者は結果的に追い詰められ、精神的に何らかの破綻をきたして子ども以前に自分自身のコントロールさえままならない状態になってしまっているのではないかと感じる。
言うまでもないが、子どもは自分で自分の環境を選ぶことができない。それ故に守られなくてはならないはずである。そう考えると、子どもを守ることは養育者を守ることと根本的には同じことなのではないだろうか。
自分の隣に、目の前に、もしもそんな状況に置かれている可能性を感じる人がいたら、まずは他人事ではなく、それをリアルに感じられる力を持ちたいと思っている。

買ったばかりの虫取り網で、息子はひとりでは何も捕まえることはできなかったけれど、自分の知らないものに興味を持ち、それを実際に見て触れることは図鑑や映像とは大きな違いがある。経験することで感じられるものは、必ずあるはずだと信じている。

(by 黒沢秀樹)

『できれば楽しく育てたい』黒沢秀樹・著 おおくぼひでたか・イラスト

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※編集部より:全部のおたよりを黒沢秀樹さんが読んでいらっしゃいます。連載のご感想、黒沢さんへの応援メッセージなど何でもお寄せください。<コメントフォーム
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