将棋ストーリー「王の腹から銀を打て」第44回

この半年でぼくも強くなったけれど、とカズオは考えた。相手も強くなってるから同じことか。

大将のカズオは春と同じ相手と戦っている。春に負けたとき、力に差があるとは感じなかった。あるとしても紙一重だった。だとすれば今日までにどれだけ上達したかが問われることになる。
だれかの話し声がすると思ったら、ジュンが負けたのだった。カズオはそちらをちらと見ただけで、自分の将棋に目をもどした。
小刻みに考えながら数手を指す。力が接近していてお互いの考えていることが同じだと、局面は読みスジ通りに進む。あとはその進んだ局面がどちらに有利か、判断力の勝負だ。

トオルが勝った。得意の攻めが決まったらしい。これで、一勝一敗だ。
カズオは歩をつき捨てておいて、桂を跳ねた。
もうあともどりできない、決断の一手だ。
相手はすぐさまコマ台の歩を取り上げると、カズオ陣内の5七にポンと置くようにした。カズオの読みにない手だった。たらされた歩はカズオの角スジを止めている。しかしそれをとればカズオの角は相手の桂にねらわれる形になってしまう。
ではどうすればいいのか?
考えるうち、カズオは頭に血が上ってくるのを感じた。

終盤に入って、トモアキは攻めていた。桂香を一手ずつ早くとったし、5スジにと金を作っているから優勢だと思うが、相手の王は鉄壁の居飛車穴グマに囲われている。どう崩せばいいのか、まだ自信は持てない。
ふと見ると、となりのアサ子は中盤からの有利を着実に広げていて、もう負けはなさそうだった。
ありがたい。これで二勝目はこっちのもの、あとはカズオとトモアキのどちらかが勝てばいい。
(カズオくんが勝ちそうならぼくは気楽なんだがな)
そう思って大将戦を見ると、様子がおかしかった。
カズオの姿勢はいつもの通りいい。でも、ももの上に置かれた両手はぎゅっとにぎりしめられている。だいぶ考えているようで、持時間が十分を切っている。盤面は、両軍が相手の王めがけ殺到していて、ぱっと見にはどちらがいいのやら、まるでわからなかった。

――――続く

☆     ☆     ☆     ☆

ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・詩・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内>


トップへ戻る