子、疾(やまい)病(あつ)し。子路、祷(いの)らんことを請う。子曰く、諸(こ)れ有りや、と。子路、対えて曰く、之れ有り。誄(るい)に曰く、爾(なんじ)を上下の神祇(じんぎ)に祷る、と。子曰く、丘の祷るや久し、と(述而 三十四)
――――孔子の病気が重くなった。子路は、自分に祈祷させてほしいと願い出た。孔子が「良い祈りがあるのか」と問うと、子路は「ございます」と答えた。「祈祷文にございます、『爾を上下の神祇に祷る』というものでございます。」 孔子は言った。「その祈りなら、わしは随分前からやっておる。」――――
☆ ☆ ☆ ☆
<第一幕>
農家の庭先。子路の叔母が鶏に餌をやっている。下手から子路が駆け込んでくる。
子路「おばちゃーん、おばちゃん、おばちゃん」
叔母「騒々しいねえ、子路ちゃんは。鶏がみんな逃げちまったよ。一体どうしたんだい」
子路「孔先生が病気なんだよ」
叔母「知ってるよお。この前も話してたじゃないか。おかわいそうに。まだ良くならないのかい」
子路「だめだ、ありゃ。医者だ、祈祷師だといろんな連中がやってくるんだけどよう、ちっとも良くなりやしない。今日も貧相な道士が来たから、おいらが睨みつけてやったら、そのまま帰りやがった。」
叔母「そんなことするもんじゃないよ。見た目じゃ人はわからないって、大先生もおっしゃってるんだろう」
子路「いや、あんな奴は頼りにならねえ。それでよう、おいらが祈祷しようと思うんだが、おばちゃん、なんかいい文句知らねえかい」
叔母「ばかだねえ、お前は。私みたいな学のないもんにそんなの分かるわけないだろう」
子路「学なんかなくたって、歳はとってんだ。なんか聞いたことあるだろう」
叔母「私が聞いたことあるって言ったら、えーと、なんだっけ。『なんじを上下のしんぎに祈る』とかいうやつなら、聞いたことあるけどねえ。でも、、、あれ。子路ちゃん。ちょっとお待ちよ。あれま。もう走って行っちゃったよ。ほんとに落ち着きのない子だねえ」
<第二幕>
孔子の寝室。孔子は窓際の寝台に横たわっている。外からバタバタと足音が聞こえる。
孔子、目を閉じたまま。「あれは子路やな。おーい、誰か。部屋の戸を開けてくれへんか。閉めとくと、子路が蹴破って入って来よる。」
弟子が戸を開けると同時に子路が寝室に駆け込んでくる。
子路「先生、今日は私に、病気平癒の祈祷をさせてください。」
孔子、目を開けて子路を見る。「なんや、藪から棒に。祈祷言うたかて、あんた、祈祷の言葉を知っとんのんか。」
子路「ええ。たった今、仕入れて来やした。『爾(なんじ)を上下の神祇に祷る』ってやつでさあ。」
孔子、目を閉じる。「あほ。それは祈祷の枕詞や。それやったら、わしはもうずうっと、毎日祈っとるがな。まあ、ええ。あんたの声聞いたら、ちょっとは元気が出て来たような気いがするわ。」
孔子は再び目を開き、頭を廻らして窓の外を見た。時は五月。空には一片の雲もない。風は木々の若葉をかすかに揺らすと、開け放たれた窓から部屋へと入り、孔子の頬を撫でた。こういう弟子も悪くはないな、と、孔子は思うのであった。
(ナレーション 芥川隆行)
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