子路、子羔(しこう)をして費(ひ)の宰(さい)と為(な)らしむ。子曰く、夫(か)の人の子を賊(そこ)なわん、と。子路曰く、民(たみ)・人(ひと)有り。社(しゃ)・稷(しょく)有り。何ぞ必ずしも書を読みて然る後に学びたりと為さん、と。子曰く、是の故に夫の侫者(ねいじゃ)を悪(にく)む、と。(先進 二十三)
――李氏の高級官僚であった子路が、若い子羔を費という町の知事に抜擢した。それを聞いた孔子が子路に言った。
「奴はまだ若えし、学問も未熟だ。いきなりそんなに取り立てたら、かえって奴をダメにしちまうぜ。」
子路は答えて言った。
「ご心配には及びません。町には実際の官僚たちもおります。管理すべき実際の社稷(国が管理する神社など。転じて国家、政府を指す)もあります。そういうところで実地に経験を積むのも勉強です。何も書物を読むことだけが勉強ではございません。これは所謂OJT、すなわちOn job trainingと申す新しいトレーニング方法なのです。」
それを聞いた孔子は言った。
「けっ。横文字なんか使いやがって。お前みたいな口の上手い奴はでえっ嫌えだぜ。」――
子路はずいぶん偉くなっていたようである。季氏の所領にある費という大きな町の宰を選ぶ立場であった。宰はここでは「知事」と訳したが、日本の時代劇風なら「代官」でもよかったかもしれない。主宰の宰、宰相の宰。町の行政のトップである。
子路は子羔という若者を抜擢したのだが、孔子は「彼はまだ学問が未熟だ。今彼を高い地位につけたら、本人のためにならない」と言って反対する。だが、子路は意に介さない。たとえ大先生に反対されても、自分が正しいと思う決断は変えないのだ。
意見を真っ向から否定された孔子は、当然ムッとした。だが、ここでの孔子の態度が偉い。
彼ならば、歴史上のいろいろな出来事を引用して自分の正しさを主張することもできただろう。しかし、これは子路の職務上の決定なのだ。学問の師としては、意見は言っても、それ以上ゴリ押しすべきではない。
また、「君の言うことももっともだねえ」などと言って、余裕を見せることもできただろう。だが、それでは自分の気持ちに嘘をつくことになる。
結局孔子は、「口の上手い奴は嫌いだっ」と、子供のようなことを言って拗ねてみせた。
言うべき意見ははっきり言い、かといって師の権威を笠に着たりはせず、かつ自分の感情にも正直。見事なものである。もちろん、孔子と子路の間だからこそできる会話だ。相手が他人なら、もちろんもっと礼儀正しくしただろう。
(by みやち)
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