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ロイコクロリディウム(以後ロイ)のタマゴは鳥のフンの中にある。カタツムリがそのフンを食べることで、体内に侵入。タマゴからスポロシストとなる。スポロシストとはなにか。寄生虫というヤツは、タマゴから出ても成虫となるまでに色々と姿カタチを変化させる。そうした「幼生」形態のひとつらしい。まさにエイリアン。
ロイ・スポロシストはけったいな姿をしている。学者たちはこれを「色鮮やかなチューブ形状」と表現している。かなり強引な比喩で説明すると、この時期のロイは「オタク体系ミミズ」である。つまり短いミミズでパンパンに太っている。ロイはオタクなので、オシャレである。黒や緑や黄緑の横スジ模様がバーコードみたいに繋がった体をしている。さらにロイはオタクなので、ナリフリ構わず踊りまくる。完全にまいっちゃってる美少女コンサートに追っかけで押しかけて最前列で踊りまくってるバーコードミミズオタク。
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なんだか一種異様なシュールな風景となってしまったので、話を戻す。このようにロイには「太った短い体型・横筋模様・奇妙なダンス」という特徴があるのだが、もちろんこれには理由がある。その理由がすさまじい。ロイはカタツムリの触角に移動する。かくして哀れな犠牲カタツムリの細くしなやかな触角は、パンパンにふくれあがった異様な形状となる。
カタツムリは通常は暗い場所を選んで移動する。しかし犠牲カタツムリは「目がよく見えない」「目がなんだかムズムズする」ということで明るい場所に移動し、ムズムズする触覚を回転させるように動かすようになる。この移動と仕草こそが、ロイが狙った操作なのだ。
犠牲カタツムリが明るいところに出ると、ロイはダンスを開始する。ふくれたり縮んだり、あるいは前後に小刻みに収縮したり……まさに「魔のダンス」。飛行中の鳥から見れば、それはどう見たってイモムシにしか見えない。鳥は急降下。犠牲カタツムリをパクリと食べてしまう。こうしてロイはマンマと鳥の体内に侵入。鳥の消化器内で「ジストマ」という成虫となり、長く扁平な体となり、直腸に吸着して栄養をもらう。
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友人からその名を聞き、自分で調べてその生態を知り、あまりにも凄まじい「魔のダンス」を知った筆者はアゼンとした。愛弟子であり、5歳の娘のママでもある女性にこれをこのまま伝えていいのかどうか、すぐには結論が出なかった。幸いというべきか、筆者の近くにはこんな寄生虫はいない。しかし彼女が住んでいるアメリカにはこんな寄生虫が庭にいるのだ。……悩んだすえ、「やはり伝えるべきだ」という結論だった。言葉を慎重に選び、淡々とした説明のメールを彼女に送った。「……もちろんタバサちゃんに対してどう説明するのか、あるいはしないのか、それはママの判断でいいと思う」と末文に添えた。
そのメールを読んだ時のママがどんな気分だったか、筆者のような男には想像もできない。その日も、その翌日も、ママからの返信はなかった。「……まあ、そうだよな」と筆者は思い、このままずっと返信がなくとも仕方がないと思った。女性にとっては時間をかけて忘れるしか方法がないほど、嫌な話かもしれない。ところが3日後に返信があった。ママがとった行動はこうだった。彼女は筆者から送った説明文を夫に送った。即座に電話があり、あれこれ相談してどうするか決めた。
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ママはタバサのところに行った。タバサは食卓に置いたビンの中の「宇宙人カタツムリ」をじっと見ていた。庭のテーブルの上に置いたはずのビンが、よりにもよって食卓の上にある。ママは悲鳴をあげたいほどにイラッと来たがかろうじて抑え、ビンを見ないようにして椅子を引き、自分も座った。
「このカタツムリはね、病気なの」とママは言った。「……カタツムリが小さすぎて、人間には治せない病気なのよ」
タバサは泣き始めた。
「どうしても治せないの?」
「そう。……だからカタツムリに触らないようにして、庭に逃がしてあげようね」
タバサはしばらくメソメソと泣いていたが……
「明日じゃダメ?」
「ダメ。いますぐよ」
「庭で離して、しばらく見ていてもいい?」
ママは困った。「それもダメ」とは言えなかった。タバサは明らかにこのカタツムリが好きなようだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・…( つづく )