【 魔の帰巣人形 】(15)

「鬼の首でもとったような、という表現があるだろ?」
思わず笑った。
「わかるわかる。そりゃそういう気分にもなるよ。ついに探し当てたわけだから。やっぱり盗まれたとわかったわけだし」
「しかし後になって思えば、図々しいにもほどがあるというか……」

TTは老人と婦人が地下でやりあっているのを幸い、ベッドの周囲を好きなように歩き回って撮影した。両手にはしっかりとジッツオが握られており、その頼もしい重量感が彼をさらに大胆な行動へと駆り立ててしまったのかもしれない。ロウソク1本の燭台をあちこち移動して立て、ベッド上の人形を職業的な視線で眺めた。三体の人形は下着を着せられたり裸体だったりで、まるで殺人現場に放置された死体さながらだった。彼は現場検証の刑事のように室内をあちこち歩き回り、ジッツオを立ててオートマで撮影した。

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目的は達成した。ジッツオは戻った。今すぐにでもこんな気味の悪い家とはおさらばしてもよかったのだが、店の端に座っている人形、ベッド上に横たわっている三体の人形、さらに地下室に散乱している人形のパーツ、それらが彼の心を奇妙に捉えていた。複数の人形にはどのような繋がりがあるのだろうか。あの老人が人形を製作したのだろうか。婦人はなにに対して腹を立てているのだろうか。

納得のいく説明を切望していたが、言葉がわからないではどうしようもない。この村に何日滞在しようとも、わからないものはわからないだろう。こんな村はさっさと出てしまった方が、後腐れがなくていいかもしれない。……しかし「言葉がわからない」という難局であるからこそ、想像力や推理力が活発に動き始めるのではないだろうか。それにルーマニア語のわかる日本人に出会う可能性もゼロではないはずだ。

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彼はしばしその場に佇み、天井を睨むようにして沈思した。結論は出なかった。ふとロウソクの炎が揺らいだ。見ると、ロウソクはいよいよ残りが少なくなっていた。2センチほどしか残っていない。
「もしこのままフッと消えてしまったら……」と想像すると、やはり怖かった。とにかくもうここは出よう。今夜の冒険はこれで終了だ。

彼は後ろ髪をひかれる思いで寝室を出た。店の端に座っている人形は見ないようにしてドアに行き、外に出た。秋の外気が心地よかった。「ルーマニアの冬はとんでもない」と聞いていた。零下20度になることもあるという。しかしその夜はさほど寒くはなかった。両手でジッツオを頭上に持ち上げて深呼吸した。

周囲をゆっくりと見回した。日はすでに暮れていたが、人家の灯りで集落の方向はすぐにわかった。彼は満ち足りた気分で、元来た道をゆっくりと引き返した。「飲み屋だな」と思われる家があった。窓からはオレンジ色の暖かい光が漏れていた。無性に一杯やりたい気分だったが、まずは教会に戻って自分の荷物を確かめないことには、どうにも落ち着かない。ジッツオをしっかりと握って教会への坂を急いだ。

ドアを開けて荷物がそのまま置いてあるのを確認した時は、安堵のため息と同時にその場で座りこんだ。先ほどと同じような姿勢でドサッと横になった。 旅慣れしている彼の特技のひとつは「どこでも安眠できる」ことだ。すぐに意識をなくした。

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ふと目を覚ました。真夜中であることはまちがいなかったが、何時なのかさっぱりわからなかった。無意識に腕時計を目の前に持ってきたが、期待したほど文字盤や針の蛍光塗料が光ってくれない。暗闇の中でゴソゴソとザックをほどき、手を突っこんだ。「確かこのあたりに」といったあたりから、ようやく懐中電灯を取り出した。

午前3時前。空腹感もあったが、それよりも困ったのは尿意だった。ここは教会だ。「そのあたりで用を済ます」というわけにはいかない。「やれやれ困ったぞ」という切羽詰まった気分で外に出た。周囲には光ひとつない。「誰も見てない。やっちまうか」とも思ったが、「いやいやそれはやはりまずい」と思い直した。

とにかく塀の外に出てしまえばいい。そんな気分で少々焦って走っている時だった。昼間に見た「塀の穴」をふと思い出した。明らかに「これは銃眼だな」と思われる穴もあったが、「ははあ、これはトイレだな」と思われる位置の穴もあった。それは壁ではなく地面に開いた穴だった。当然、いまは使用禁止になっているだろうし、第一そんなところで用を足す観光客などいるはずがない。しかし今は急を要する事態となっている。右手には懐中電灯がある。塀の外に走り出るよりも、そっちの方が近いことはまちがいない。「やるか」と思った時にはもう、記憶を頼りにその方向に走っていた。

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用を足してじつにスッキリした気分になった。真夜中だったが、教会内を散歩したい気分になった。暗闇のまま周囲を見たい気分だったので、懐中電灯は消した。慎重に足を運びつつ、ブラブラと歩いた。

重いザックもカメラもジッツオもなくブラブラと闇を歩いていると、ふと思った。死んだ瞬間というのは、こんな気分かもしれない。お金もない。道具もない。自分の体さえない。これ以上さっぱりした気分は、またとないに違いない。楽しみだな。そう思った。

……………………………………   【 つづく 】

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