【 ミナレット 】
宗教が宿命的に抱える最大のジレンマは、「他宗教とどのように接するか」という問題かもしれない。「他宗教と共存する」のか、あるいは「他宗教と戦う」のか。このどちらを選択しても、不利益が生じ葛藤が生じる。
キリスト教にしてもイスラム教にしても、有史以来、幾多の戦争を巻き起こしてきたことか。「映像の20世紀」(NHK)の1シーンを見て驚いたことがある。「異教徒は殺してやる!女もだ!子供もだ!」と叫んで長銃を頭上で振り回す男がいた。兵士ではない。牧師だった。イエスが見たらなんと言うだろうか。
キリスト教徒とイスラム教徒が古来より営々として築いてきた建築物は、それぞれに特徴がある。面白いことに、両者ともに「塔」を盛んに作っている。やはり塔という建造物が有する戦闘的機能あるいは威圧感が布教活動と結びつくのかもしれない。
とはいえ、塔は見張りや戦闘だけが目的ではない。
イスラム教は塔がお好きである。「モスク」(礼拝堂)といえば、もうその言葉だけでイスラム世界がパァッと広がるようなイメージがあるが、いまひとつ、「ミナレット」(塔)という言葉がある。
モスクには必ずと言っていいほどミナレットが付随している。イスラム教徒はその高いところに登り、独特の抑揚をつけて「アザーン」を唱える。要するに肉声で礼拝を呼びかけるのだ。それは「アッラーフ・アクバル」(神は偉大なり)の「4回くりかえし」から始まる。キリスト教では日曜日の朝ともなるとやたらに塔の鐘をガランガランとやるのだが、イスラム教では肉声にこだわってやってきた。
しかし昨今はちょっと事情が違ってきたようである。アムステルダム(オランダ)郊外に在住のイスラム教徒たちが「毎週金曜日に、アザーンをスピーカーで外に流したい」と言い始めた。彼らはFacebookを使ってその呼びかけをした。
案の定と言うか、たちまち賛否両論の嵐となり、市議会でも取りあげざるをえない事態となった。市長も巻き込んでの論争となったが、「禁止はできない」という結論。
「まあ週に1回なんだし」「まあ数分で終わるんだし」といった感じで、なんとなく(笑)許すことになったらしい。
………………………………
【 ブラナの塔 】
さて本題。
今回は「魔の塔」というよりは「絵になる塔」である。
キルギスと言えば、中央アジアの山岳地帯にある小国である。人口約570万人。北海道(538万人/2020年)と同じぐらいだ。ソビエト連邦崩壊後に独立した国で、90%はイスラム教徒である。
この国の首都ビシュケクからバスで2時間(約60km)ほど。はるか彼方に連なる天山山脈を背景に、広大な草原にいきなりそびえ立つじつに奇妙な塔がある。まるでRPG(ロールプレイング・ゲーム)世界や「指輪物語」世界に登場するような光景の塔だ。
この塔は「ブラナの塔」(2014年に世界遺産)と呼ばれている。高さは24m。地震で上部が崩壊する以前は45mあったらしい。前回の「浅草十二階」のような話だが、この塔には「浅草十二階」のような開放感はない。一種異様な沈黙の雰囲気がある。窓がない。なんのためにこんなところにこんな塔を建てたのか、わかっていない。(諸説ある)
地元のイスラム教徒たちは「あれはミナレット」と観光客に紹介している。しかし誰もいない広大な草原で「アザーン」を唱えたところで、「礼拝を呼びかける」という本来の意味は全くない。かつてこのあたりで栄えた街の象徴だったとも言われている。この塔で盛んに「アザーン」を唱えた時代があったのかもしれない。しかしそれならば、なぜ窓がないのだろう。
この塔にまつわる奇妙な伝説がある。
昔、このあたりを支配する王に娘が生まれた。王は娘の将来を大いに楽しみにし、国中の占い師を集めて「娘の行末」を占いさせた。多くの占い師は王の機嫌を損ねてはまずいと「100歳まで生きる」「たくさんの子宝に恵まれる」などなどいいことずくめの占いしか伝えなかった。しかしその中でただ一人、不気味な予言をした男がいた。
「あなたの娘は16歳で死ぬ」というのだ。王は大いに怒ったが、同時に「そんなことには絶対にさせない」と高らかに宣言して「ブラナの塔」を建てた。そこで周囲を見張りつつ厳重な監視のもとに娘を育てた。ついに娘は16歳となり、王は大いに喜んだ。国中の果物を大きな皿に盛り、いくつも「ブラナの塔」に運び込んだ。ところがその中のブドウに潜んでいた虫が娘を刺した。娘は死んだ。
この伝説の教訓はなんだろう。いったいなにが言いたいのかよくわからない話だが、大方の伝説とは大概そういうものかもしれない。イソップ物語ではないので、なにがなんでも教訓を含んでいなければならないものでもなかろう。
それにしても気になるのは、この「16歳」という数字だ。なぜ16なのだろう。タロットカード16番「塔」となにか関係があるのだろうか。
………………………………… * 魔の塔-5・完 *
魔談が電子書籍に!……著者自身のチョイスによる4エピソードに加筆修正した完全版。amazonで独占販売中。
専用端末の他、パソコンやスマホでもお読みいただけます。