【 緊急魔談 】魔の山岳耐久レース

【 甘粛省 】

このところ「塔」にまつわる魔談を続けているのだが、早急に話題にしたい件が出てきたので、今回は「緊急魔談」としたい。

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中国在住の友人画家(日本人)がいる。甘粛省(かんしゅくしょう)に住んでいる。甘粛省は日本ではほとんど馴染みがないが、中国の北西、まさに「大陸のド真ん中」と言っていい内陸地帯で、黄河がこの省を横断している。

友人はなんでまたこんなところに住んでいるのか。色々と「なりゆき理由」があるのだろうが、簡単に言えば「シルクロード・悠久の世界」を題材に現地で絵画制作をしたいからである。「平山郁夫」と言えば、「ははあ」とその世界観がなんとなく把握できる人も多いに違いない。

その友人。KHとしよう。KHはつい数年前まで同棲していた中国人女性がいたのだが、今はひとり暮らしだ。ちょっと残念ではある。
……というのもその同棲女の美貌ときたら映画「レッドクリフ」に登場の林志玲(リン・チーリン)そっくりの美人で、コロナ以前には「日本に行きたいと言ってる」ということだったらしく、その節は日本で会える(見る)ことができるかもしれんと楽しみにしていたからだ。なんで別れた(ふられた)のか知らんが、(メールでグチってる様子から察するに)彼女は貧乏画家との山村同棲生活に嫌気がさしたらしく(笑)、都会に走ったらしい。残念。
(蛇足余談)
KHによればリン・チーリンの素顔は「高慢ちきで性格最悪」だと。これまた残念。

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まあそれはともかく、KHは少々変わった男で、私との出会いも少々変わっている。
かれこれ20年ほど前の話になるのだが、45歳の私は毎年のように夏になれば穂高に登っていた。「穂高に憑かれていた時代」と自分史的には位置づけて回想している。初夏の気配を感じる季節になったら、穂高に登りたくて仕方がない時期だった。

我々は北穂高小屋で出会った。夕暮れ時に酒を飲み山岳談議に花が咲き、しかもお互いに絵画制作する人間だとわかって、話は絵画論におよんだ。私は当然ながらその夜は山小屋に泊まるつもりだった。ところがKHはそうではなかった。
「テントに戻る?……これから?」
これには驚いた。なにしろ標高3106m。「飛ぶ鳥さえ落ちる」ような峨々とした岩石だらけの山頂強風地帯である。彼はテントを担いで登ってきたのかどうか私に聞いた。「いつもそうだ」と聞いて満足げに笑い、次にそのメーカーや構造を詳しく聞いた。
「カマボコか。それではだめだ。強風に弱い」

彼の長年にわたる研究によれば、最新のカマボコタイプは内部空間が広く快適そうだが、じつは強風には「てんで弱い」ということらしい。そして「強風に弱い」というデメリットは、彼に言わせれば「そんなものはテントではない」なんだそうである。私はスプーンで中ジョッキのヘリをチンチンとたたきながら、同席の山男たちに笑いかけたものだ。
「では皆の衆、テントオタクの意見を拝聴しようではないか」
その場にいた山男たち(5人ほどいたと記憶している。女性はいなかった)はみな笑った。KHの結論は「テントというものは、インディアンタイプにつきる」ということらしい。

KHはインディアンテントはいかに優れているかを半時間話した。その後、山小屋のすぐ脇に張ったインディアンテントに戻った。

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【 死の山岳耐久レース 】

さて本題。
つい先週の5月22日(土)、前述した甘粛省でトレイルランニング大会が行われた。
「トレイルランニング」とはなにか。「トレイル」とは山中の道、つまり林道など舗装されていない道を意味する。そこを走るのだ。なので「山岳耐久レース」と呼ばれることもある。

通常はそのレース距離は50kmほどだ。ところが「甘粛省トレイルランニング大会」は、なんと100km。東京駅を出発して宇都宮まで走る距離である。無謀というかありえないというか、「超人山岳耐久レース」と呼ぶべきレースだ。

KHの友人(中国人)がこれに参加した。「体力的にはまだまだ行ける自信があるが、やばいと思ったら途中で棄権するだけのことだし」という気分で参加したらしい。ところがレース開始直後、午後に入って天候は急変した。なんとヒョウが降り注ぐ強風の中を走ることになった。参加者はいったいどんな服装で走っていたのか知らないが、自殺行為である。気温は急降下し、案の定というか参加者がバタバタと倒れる事態となった。KHの友人もさすがに「これはやばい」と何度も思ったらしい。
「リタイアしたのか?」
「それがなかなかそのきっかけがなくてね」

通常の感覚であれば「(身の危険を感じるほどの状況で)リタイアにきっかけなど関係ないだろう?」と思うはずだ。KHの友人は慎重な男らしい。ところが前後左右に参加者たちが走っている。みな苦しい表情だが、がんばっている。しかもオブザーバーの車もバイクも見えない山中だ。

「こんなところでリタイアしたら、他の参加者たちに迷惑がかかってしまう」
「リタイアしたところで、暖をとるようなところはどこにもない」
……などなどあれこれ悩みつつ、ついつい走ってしまったというのだ。歩いたところで奥歯がガチガチとなるような寒さだ。「まだ走っていた方が安全かもしれん」という考えもあったという。

結果、このレースではなんと21人もの死者がでた。参加者172人のうち21人も死んだのだ。一割以上の人間が死んだトレイルランニング大会などかつてあっただろうか。KHの友人は駆けつけた救助隊員に助けられ、担架でかろうじて病院に運ばれた。救助された時点ですでに意識はなかったそうである。

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この話、「隣国のムチャなトレイルランニング大会」談で終わらせていいだろうか。
この事件はどこか「今の社会状況」と似てはいないか。

「変だ。このままではやばい」
そう思ってはいるのだが、周囲を見回すと、みな苦しい状況でがんばっている。
「自分ももっとがんばらねば」と思う。どうがんばるのか。「なにはともあれ、ワクチンを打とう」ということになる。なぜ打つのか。周囲がみな打っているからだ。

自分が助かりたい一心で、あるいは周囲に迷惑をかけたくない一心で、あるいは人類を感染パニックから救いたい一心で、我も我もとワクチン接種を受けにいく。ファイザー、モデルナ、アストラゼネカ、ジョンソン・エンド・ジョンソン、この小さな島国に、なんと4種類ものワクチンが(まるでこの機会を逃してなるかと言わんばかりに)海外からドッと入りこもうとしている。まちがって1回目とは違うメーカーのワクチンを2回目に打ってしまった人間はどうなるのだろう。だれにもわからない。

さてあなた、ワクチンはどうします?
今までにないウィルス遺伝子を自分の体内に入れるのですよ。
それがあなたの体にどんな結果をもたらすのか、だれにもわからない。

…………………………………* 魔のランニング・完 *

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