【 愛欲魔談 】(2)源氏物語

【 定家没後781年経って発見された写本 】

日本民族は好色なのだろうか。もちろんひとつの民族をひとつの特徴でくくるなんてことができるはずがない。我々は「ドイツ人は勤勉」というイメージがなんとなくあるが、グウタラでどうしようもない怠惰ドイツ人だってきっといるはずだ。
しかし日本最古の文学「源氏物語」が同時に世界最古の長編小説であり、その内容を一言で言えば「好色」であるということ。これは特筆すべき「日本民族の特徴」であるかもしれない。

さてその「源氏物語」。
なにしろ1000年以上も昔、紫式部(不明・974頃 〜 不明・1019以降)が書いた物語である。紙の質にもよるが、大概の書籍は100年以上経過すればボロボロに傷んでしまい、文字の判読は非常に困難な作業となる。

紫式部本人が書いた「源氏物語」は現在、残念ながら残っていない。残っているのは写本された「源氏物語」である。つまり誰かが原本を写し、それをまた別の誰かが写す、という作業の繰り返しで「源氏物語」はじわじわと知られていき、後世に残る名作となっていったのだ。

ところが2019年、藤原定家(1162〜1241)が写本した「源氏物語・第五帖/若紫」(わかむらさき)が(東京都内で)発見されたというニュースに日本の文壇が沸いた。つまり紫式部が逝って、ざっと180年後に活躍した定家(鎌倉時代初期の歌人)が「源氏物語」を写本した。その定家が逝って、781年たって写本が発見されたというのだ。

よくもまあ、大空襲を受けた東京で781年も保管されていたものだと思う。
黒田継高(福岡藩主)
→ 松平信祝(老中)
→ 大河内松平家(三河吉田藩主)
→ 大河内元冬(72歳/大河内松平家の子孫)が東京都内の自宅で発見
……という長い長い所有者遍歴らしい。木箱の中に入っており、鑑定を依頼した結果、間違いなく「定家の写本」と断定されたようだ。
その「第五帖/若紫」こそが、この物語の中で最もコアな「あってはならない愛欲」物語なんである。

【 ロリータ・コンプレックスの行方 】

さてその問題の「第五帖/若紫」。
光源氏を生んだ母は輝くばかりの美貌で帝(ミカド)に寵愛されたが、彼が3歳の時に逝ってしまう。彼には母の記憶がほとんどない。そのため「母にそっくり/母の再来」と噂の藤壺(継母/父帝の妻)に愛欲のベクトルがまっすぐに向かってしまうのだ。

それは「憧れ → 恋愛」へと進み、ついには関係を持ってしまう。父とはいえ、帝の奥さんと関係を持ってしまったのだ。光源氏18歳。バレたら処刑ものの超ヤバイ恋愛から彼の愛欲遍歴が始まる。

そのようなおり、18歳の光源氏は病気療養で出かけた先で11歳の少女を見染めてしまう。11歳とはいえ、藤壺にそっくりだったからだ。まあ極端から極端に走ったものである。父帝の妻に関係を迫りつつ、今度は少女である。とはいえ物語の設定では、この少女・若紫は「藤壺の姪だった」ということになっている。「似てるはずよねぇ」という設定となっている。

ともあれ光源氏は、若紫を「我ものにしたい」と夢中になってしまう。若紫の母はすでに亡く、祖母が養育していたのでその願いを伝えるが、祖母にしてみれば「なんでこんな幼子を」をいう不信でしかない。当然、断る。ところがしばらくして祖母が亡くなる。「ラッキー!」とばかりに光源氏は若紫を連れ帰るのだ。じつに大胆不敵……というか人さらいじゃん!

その後、光源氏は若紫を手元に置き、彼にとって「将来の理想の妻」となるべく熱心に養育していくのだ。
こうした
(1)少女の美貌に参ってしまう。
(2)あらゆる手段を講じて自分のものにしてしまう。
(3)その成長を楽しみつつ、うまくいったら妻にしてしまう。
……という見事に男性特有の身勝手愛欲は、「源氏物語」では成功したかのように見える。
しかし失敗例もある。(ザマーミロ)
それが「痴人の愛」(谷崎潤一郎)である。

というわけで次回から「愛欲の作家」といえばこの人、谷崎潤一郎を語っていきたい。

✻ ✻ ✻ つづく ✻ ✻ ✻


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