エドガー・アラン・ポー【 13 】モルグ街の殺人

【 印象手帳 】

今回の魔談「モルグ街の殺人」でたびたび取り上げてきた「推理手帳」。私は推理小説愛好家ではないが、推理手帳を日常的に愛用しながら生活している女性(友人の奥さん)の話を聞き、その記入の仕方に興味を持った。私の場合はシステム手帳にあれこれと思いついたことを書き留めておくという習慣は以前からあったものの、その内容は覚え書き程度でしかなく、またそれ以上の活用など考えたこともなかった。

推理手帳の記入で面白いと思ったのは……
(1)ナンバーをふって箇条書きにする。
時系列で、重要度で、あるいは思いついた順で、ナンバーをふってどんどん箇条書きにする。
(2)どの項目も長文にしない。1行〜2行程度の文章にする。
長文になってしまいそうだったら、さらに項目を増やして長文を避ける。
(3)記入した後にそれらの項目を眺め、なにか気がついた点があったら即座に書き込む。
彼女の推理手帳には「←重要!」「←まやかし?」「←ひっかけ?」などの記入が頻々と出てくる。またこうした追加記入は赤字で記入されている。

私は感心し、この推理手帳に学ぶことにした。
というのも、昨今は67歳という年齢を否応なく痛感する出来事が日常的に頻々と発生するようになった。記憶力の減退である。もともと記憶力に自信などなかったしケセラセラで今まで生きてきたような男なので、記憶力を問題にするようなこともなかった。ところが65歳を経過したあたりから、のんびりと見過ごす気分ではなくなってきた。

私は自分の年齢とほぼ同じ歳月を経てきた古民家に住んでいる。仕事部屋は2階にある。家族としては猫がいるのだが、人間は私だけの生活なので、日常生活に会話がない。ずっと口を閉ざしたままで、あれこれ考えつつ家の中をうろうろと歩き回っていることが多い。……で、なにか思いついたことがあり、仕事部屋を出て階段を降りた。階段の途中で猫とすれ違った。「なんで上に行くんだ。上の方が暑いのに」とチラッと思った。……で、階段を降りて廊下に出た時点で、ふと立ち止まった。なんで一階に来た?

あなたが60歳以上であれば「あるある」で笑うかもしれない。「よくあること。気にしない気にしない」と笑い飛ばすかもしれない。しかし私にとってこれは予兆以外の何者でもない。以前にはなかったことが、この数年、頻々と起こっているのだ。必要以上に恐れたり問題にしたりするのもどうかとは思う。しかし「正しく老化を恐れる」という言葉がこの数年、自然発生的に頭を通過していくことがしばしばあるようになった。

その対策、というほど大袈裟なものでもないが、つい最近、「推理手帳」に習って「印象手帳」なるものを常に手元に置くようにした。どこの文房具店でも置いている(コンビニの文具コーナーでも見かけたことがある)KOKUYOのCampusシリーズ5号(左右205・天地148mm)を買ってきた。本を読んだり、映画を観たり、録画しておいたNHKのドキュメンタリーを見たりしていて、「なにか印象に残ったこと」に出会ったら、即座に、その場で書きこむようにしている。「手で文字を書く」という行為と、その文字を時々眺めるという行為、これを日常的に増やそうと考えている。

つい最近、記入したこと。

嫌いという感情は不毛である。
侮蔑の行く道は袋小路だ。
(小林秀雄のエッセーより)

【 水夫の告白 】

さて本題。モルグ街の殺人。
デュパンが仕掛けた「犯人と接触する作戦」。この経過を整理してみたい。

(1)「逃走中のオランウータン & オランウータンを探す水夫」が犯人だと推理。
(2)新聞で広告を発信。「オランウータンを捕獲した。持ち主は受け取りに来てほしい」
(3)ピストルを用意。客(オランウータンの持ち主)が来るのを待つ間、推理を披露。
(4)現れた水夫。「自分がオランウータンの持ち主だ」
(5)「オランウータンを引き渡そう。その代わりにモルグ街の事件について語ってほしい」
(6)観念した水夫。事件現場の告白。

こうして事件の全貌は明らかになった。水夫の告白を整理してみよう。

(1)航海の途中でオランウータンを捕獲。
(2)自宅まで連れ帰ったが、オランウータンは剃刀を持って逃走。
(3)追いかけるうちに、オランウータンは4階の窓から中に侵入。
(4)窓から室内を見ると、オランウータンはすでに犯行に及んでいた。
(5)水夫の怒号でオランウータンは混乱。娘を煙突に突っ込み、夫人を窓から放り投げた。
(6)水夫はこの状況に恐怖。そのまま下に降りて、逃げた。

これで犯人も犯行も明らかになった。上記「推理手帳」の書き込みで出てくる
「←まやかし?」
多くの証言者たちが語った「鋭い声」の犯人は、どこの国の人間か?……スペイン人、イタリア人、フランス人、ドイツ人、イギリス人、ロシア人。これら証言の全てが、じつはポーが巧妙に仕掛けたまやかしだった。どこの国、どころか人間の声ではなかったのだ。

さて「モルグ街の殺人」は次回で終わりにしたい。
じつはあれこれと調べているうちに、ちょっと面白いことを発見した。「ポーは、じつはオランウータンを見たことがなかった」という説があるのだ。
この話を次回は語って、「モルグ街の殺人」をおしまいにしたい。

【 つづく 】


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