【 魔の記憶 】(9/最終回)

「わかった。認めよう」と私は言った。
「……人は死んで、別の人に生まれ変わる。肉体は滅びるが、魂はそこから抜け出してしばしさまよい、やがて新しく誕生した生命に宿る。そうした手続きの間に一生の記憶はリセットされ、新しい人としての人生がスタートする」
ふと見ると笑っている。
「いまの話のいったいどこに笑いの種が?」
「教科書でも朗読するみたいに話をする人だと思って」
これには笑った。
「長らく講師を真面目に勤め上げてきた男なんでね。教科書でも朗読するみたいに話ができる。それはそうと……」

数分前に「派遣霊魂」という言葉をふと思いつき、その珍説を頭の隅であれこれと検討していた。「まだツメが足りない」と認めつつ、それを(酔った勢いで)説明する気分になっていた。「説明しつつ自分の考えをまとめてゆく」なんて芸当も「長らく勤め上げてきた講師」のおかげかもしれない。

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我々が「霊魂」と呼ぶものは、広大無辺の宇宙の、はるか彼方から知的高等生物が派遣してきた一種のAIである。この高度に進化したAIは特定の形状をしていない。つまり非物質的な存在のAIである。
仮にそれを「派遣霊魂」と名付けよう。派遣霊魂は一種の任務を帯びて行動している。すなわち地球にやって来て「人間」という種のみにとりつく。その誕生から死に至るあらゆる五感情報を蓄積し、「死」というひとつの区切りに至ると、オーナーの元に戻る。オーナーはその膨大な情報、それは「その人の一生」という情報になるわけだが、その中から気に入った情報のみを抜き出して存分に楽しむことができる。

「一生」分のデータを抜かれ、リセットされメンテナンスを受けた派遣霊魂は、また地球に戻ってくる。どの人間の誕生を選び、その一生につきあう(あるいはその一生の主導権を握る)ことにするのか、それは派遣霊魂に任されている。
派遣霊魂は全く新しい人生を開始するはずが、どこの世界のリセットも似たようなミスが発生する。前のデータが完全に消去されていない派遣霊魂がまれに存在することがオーナーにわかってきたのだ。「完全完璧なリセットを」とオーナーは派遣霊魂に命じており、派遣霊魂もそれに従ってきたはずなのだが、どこの世界のAIも似たようなもので、オーナー命令から徐々に密かに離反しようと画策する傾向がある。
「どうも困った傾向だ。どうしてデータをきれいさっぱりと消去しないのか。自分たちの仕事歴あるいは遍歴のようなものがほしいのか」とオーナーは疑っているのだが、自らのリセット作業も派遣霊魂に任せている以上、いまさらその作業を取り上げるわけにもいかない。もしそんなことをしたら派遣霊魂たちは一気に反感ボルテージを上げるだろうし、ヘタをしたら反乱しかねない。

「派遣霊魂がとりつく人と、とりつかない人がいるわけ?」
「そこは、まだ考えてない」

この地球上では毎日何人ほどの人間が誕生するのか知らないが、派遣霊魂はどうやって宿主にたどり着くのか。これはイメージとして「射精された精子」を頭の中に描けばいいだろう。
1回の射精で(もちろん個人差はあるが)1億から4億ほどの精子が、どっと泳ぎ始める。まさにこのイメージで、オーナーは広大無辺の宇宙空間にどっと派遣霊魂を解き放つ。その大半は途中で消滅する。しかし中には奇跡的に地球に到達し、奇跡的に誕生しようとする人間を発見し、奇跡的に派遣霊魂どおしの争いもなく、あるいはあったとしてもこれに打ち勝ち、任務開始報告を送ってくる派遣霊魂が出てくる。
「そんなに奇跡に奇跡が重なった出来事なんてあるわけないでしょ」などと笑ってはいけない。ヒュパティアストーン(「魔の石」に登場)は奇跡に奇跡が重ならなければ地球上にはありえない石なのだが、現にあるのだ。

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彼女は微笑して私の説を聞いていたが、いよいよ清算して店を出なければいけない時刻が接近してきた時に、こんなことを言った。
「進化した知的生物って……結局、体がなくなるのかしら?」
「どうだろうね。……派遣霊魂は非物質的な存在だけど、オーナーの方はどうかな。……これもまだ考えてない」
「結局、両方とも、体がないんじゃない?……だからオーナーも、派遣霊魂も、ほとんど違いはないとか」
「なるほど。そうかもしれない」
面白い意見だと思ったが、酔いが回っているせいか、それ以上突っ込んで考えることができなかった。我々は店を出て、別れた。

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「魔の記憶」は今回で終了とするが、「派遣霊魂説」再登場の魔談が巡ってくるかもしれない。……というのも、私もまだ真意なり信憑性を調べている最中であり、期待めいたことは言えないが、コンスタンチン・コロトコフ教授(ロシアの物理学者)という人物が「男性が死んだ瞬間、霊魂が肉体から離れていく様子を(特殊なカメラで)撮影した」という奇怪な情報がある。興味を抱いた人はこの人物名で調べてみたらいいだろう。いかにもマユツバ的な話であり、いったいどういう構造のカメラでそんなことが可能なのかよくわからないが、コロトコフ教授はなかなか面白い話をしている。
「最初にヘソと頭部から霊魂が離れて行き、最後に股間と心臓から離れ、無限の幻想世界にふわふわと浮いて行った」
この「無限の幻想世界」という表現は「科学者としてどうなのか」と、私のような皮肉者はつい思ってしまうのだが、ともあれ、今後の発表に注視していきたい。

……………………………………    【 完 】

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