エドガー・アラン・ポー【アッシャー家の崩壊】(1)

【 シャイニングの源流 】

このところ魔談は6月2日からエドガー・アラン・ポーを語り始めた。ポーが生きた時代や彼の生涯を語り、「モルグ街の殺人」を語り、「黒猫」を語った。「そろそろポーはおひらきにしようか」とも思ったのだが、「……いやいやこの機会にアッシャー家も語っておきたい。これを外してはイカン」という気分になった。正しい小説名は「アッシャー家の崩壊」。ご存知だろうか。

ポーの作品と言えばやはり「黒猫」、ついで「モルグ街の殺人」が有名だが、「アッシャー家の崩壊」はいまひとつ知名度が低いように思う。やはり「黒猫」というタイトルに興味を持ち「……しかもめっちゃ怖い話らしい」ということで思わず読んでしまった猫好きの人も、「モルグ街の殺人」というタイトルのインパクトに興味を持ち「……しかもあっと驚く結末らしい」ということで思わず読んでしまった推理小説愛好家も、「アッシャー家の崩壊?……なんか陰々滅々の暗そうな話だな。一族の内紛とかそういうのかな?……遠慮しておこう」とこんな感じだろうか。この話を知らないあなたも、いまそう思っているのではないですか?

しかし「陰々滅々」は否定しないが、「一族の内紛とかそういうドロドロの人間関係を描いた話」とかではない。まあ知ってる人も知らない人も、この小説にちょっとつきあっていただきたい。……というのも、私に言わせれば、この小説には「魔」の気配がふんだんに散りばめられているのだ。たとえばこの「アッシャー家の崩壊」は知らずとも、もしあなたが映画好きなら「シャイニング」(スタンリー・キューブリック監督)は知ってるでしょう?

仮にその返答が「ホラー映画は観ない」ということであったとしても「……いやいや「シャイニング」はそんじょそこらのホラー映画とはもう全然レベルが違う」と私は言いたい。この魔談でもざっと5年前、2017年11月17日から開始した【魔のホテル】(副題:「シャイニング」で激突!スタンリー・キューブリック vs スティーブン・キング)では、副題が示すとおり「シャイニング」を巡る原作者と映画監督の戦いを熱く語っている。

話を戻そう。「アッシャー家の崩壊」がなければ、スティーブン・キングの小説「シャイニング」は生まれなかった。したがって映画「シャイニング」もなかった。‥…と言えばいかがだろうか。少しは「ほう、そうなのか」と興味を持たれただろうか。「アッシャー家の崩壊」こそがポーの代表作と評する人もいる。またポーに関してあれこれ調べていくと、ゴシックロマンスと言えば「アッシャー家の崩壊」と言われているらしい。ポーをこよなく愛する人々の間では、つとに評価の高い短編小説なのだ。

【 ゴシックロマンス 】

さてそんなわけで、次回からこの小説の世界に入って行くつもりだが、今回は上記「ゴシックロマンス」という名称にふと興味が走ったので、そのことを最後に書いておきたい。

この「ゴシック」とはなにか。日本にも「ゴスロリ」とか「ゴシックロリータ」と呼ばれるファッションの娘たちがおりますな。
私が専門学校の教壇に立っていた時代、40人ほどのクラスには大抵1人とか2人、ゴシックロリータがおりましたな。最初に見た時は半ば唖然として「なんだこの娘は。西洋のお人形さんにでもなりたいのか」とか思ったり、笑いながら「そのカッコで電車に乗ってここまで来たのか?」と聞いたりしたものだったが、しばらくしたら慣れてしまった。

さて「ゴシックロマンス」。「ゴスロリ娘が恋に落ちた話?」などと思ってはいけない。そんな話をポーが書くはずがない。
そもそも「ゴシック」とはなにか。「ゴート人の」という意味なんである。ゴート人とは何者か。古代ヨーロッパにおけるゲルマン民族のことなのだ。その微妙なイメージとしては(我々日本人にはいまひとつピンとこないのだが)「中世の/暗黒時代の/血生臭い歴史」といったものがあるらしい。
「ははあ、それでゴスロリは喪服みたいな白黒なんだな」と私のような男は思うのだが、ともあれゴスロリに見られる一種独特のストイックな雰囲気はその源流として「中世ヨーロッパにおける黒歴史」というものがあるのかもしれない。ゴスロリ娘たちはそのあたりを知ってるのか知らんのか……まあ、知ってるとは思えないが(笑)。

次に「ロマンス」。
なにかの本で読んだのだが、これは「女性がもっとも好む言葉のひとつ」だそうだ。「……ああなるほど」とわからないこともないのだが、「ゴシックロマンス」の場合は「恋愛小説」あるいは「恋愛沙汰」とは(残念ながら)ちょっと違うようである。

この言葉もなかなか奥が深いというか、歴史がある。
そもそも「ラテン」という言葉があり、それは「正当で学術的な古典」という意味だった。それに対し「俗」で「民衆的」で「反ラテン」「俗ラテン」といった意味合いで「ロマンス」という言葉が出てきた。当然その中に「色恋沙汰」も含まれてくるわけだが、大衆が喜ぶのは色恋だけではない。

ポーの登場以来、アメリカ北部で一世を風靡したマガジンラッシュ時代、じつに様々なジャンルの大衆小説がわっと出てきた。恋愛小説、ホラー小説、推理小説、冒険小説、空想小説などなど。ポーはそれらジャンルの創始者と言われるほどに、新しい文学ジャンルをどんどん開拓していったのだ。じつに大した男だと思うのだが、かようなわけで「ゴシックロマンス」とは「中世の暗黒時代を思わせる/大衆娯楽小説」と、こうなるわけなんである。

【 つづく 】


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