エドガー・アラン・ポー【アッシャー家の崩壊】(2)

【 重苦しいはじまり 】

今回から「アッシャー家の崩壊」の世界に入って行きたい。
このブラックな小説には「私」という語り手が登場する。「私」が巻きこまれる「ゴシックロマンス怪奇世界」を紹介するにあたり、「私」ではなく「あなた」という表現でこの話を紹介していこうと思う。なぜか。
じつは以前の魔談でも、このような小説の紹介の仕方をしている。「私」よりも「あなた」の方が、読者であるあなたの胸元にグッと短剣の切先を突きつけるような快感が私にあるからだ。……というのは趣味の悪い冗談だが、ともあれ、話を進めよう。
さて冒頭。

雲が重苦しく空に低くかかった、もの憂い、暗い、寂寞とした秋の日を一日じゅう、私はただ一人馬にまたがって、妙にもの淋しい地方を通りすぎて行った。(原作)

いやー、じつにいいですなあ。どうですかこの重苦しいはじまり。季節は秋。低く暗い雲。妙にもの淋しい地方。ただひとり、馬にまたがってポクポクと荒野を行くあなた。ビョウビョウと吹きつける冷たい木枯らしの音が聞こえてきそうではないですか。仮にこれを映画のシーンで例えるとして、あなたはどの映画、どのシーンを連想しますかね?

私は……うーん、そうですな。しばし真剣に模索してみたのだが、「スリーピー・ホロウ」(ジョニー・デップ主演)なんかどうですかな。この暗く、重い、中世的な雰囲気満載の(しかも伝説の首なし騎士がちゃんと出る)映画はご存知だろうか。時代は1800年頃のアメリカ。主人公のイカボッド(ニューヨーク市警察)は、ハドソン川沿いの辺境の寒村で発生した連続首なし殺人事件を解決するために派遣される。……で、彼が馬車に乗ってその村に入った時の「村全体を覆う一種独特の暗さ」たるや!……ぜひ御覧いただきたい。

話を戻そう。
あなたはどこを目指しているのか。じつは少年時代の親友を訪ねようとしているのだ。親友の名はロデリック・アッシャー。
彼とは最後に会ってからもうずいぶん長い年月がたっていたのだが、一通の手紙が来たことからこの話は始まる。

それは、ひどくせがむような書きぶりなので、私自身出かけてゆくよりほかに返事のしようのないようなものであった。(原作)

ここでまた解説者たる私はため息をついてしまう。手紙を読んで、そこに切々と記された筆跡を眺めて、親友の危機を知る。「ああ、いいなあ。いいシーンだ」と思うのだ。こうした状況、「ドラマの発端となる状況」というのは、現代の我々の生活では全く絵にならない。「スマホから来たメッセージを見た」なんてのは絵にならない。

手紙を手にする。その微妙な重みで、「かなり便箋が入っているぞ」と察知する。差出人を見て「おおっ」と心がざわめく。愛用のペーパーナイフを引き出しから出す。なにかしら不吉な予感と微妙な緊張で微妙に震える手で、ペーパーナイフを使って開封する。便箋を取り出し、なにげなく(ほとんど無意識に)その便箋の匂いを嗅ぐ。便箋を開き、そこに切々と記された親友の筆跡を追う。

まさに「物語が始まる冒頭はこうだ。きっかけはこうでなくてはいけない」と私は思うのだが、いかがだろうか。「スマホから来たメッセージを見た」では(映画やドラマの1シーンにはなっても)絵にならない。泡沫のように次々と生み出されては消えていくTVドラマでは1シーンとして出てきても、我々の記憶には「印象的なドラマの冒頭」として残らない。「なぜ我々はこんな味気ない、絵にならない道具に囲まれた世界に生きているのか」と改めて思う。

【 アッシャー家のたたずまい 】

さて話を戻そう。
あなたは目的地に到着した。ため息まじりに眼の前の風景を眺めた。

心は氷のように冷たく、うち沈み、いたみ、……どんなに想像力を刺激しても、壮美なものとはなしえない救いがたいもの淋しい思いでいっぱいだった。なんだろう、……私は立ち止って考えた、……アッシャー家を見つめているうちに、このように自分の心をうち沈ませたものはなんだろう?……それはまったく解きがたい神秘であった。(原作)

やっと目的の家に着いた。そのたたずまいを見た。その感想がこれですからね。我々日本人にはいまひとつピンと来ないが、これこそまさに「冷たい石の建物で囲まれた民族の、長い歴史と変遷の憂愁」とでもいいますかね、廃墟となった家は、木だったら腐る。土に帰る。しかし石だったらいつまでも残る。いつまでも残っているうちに妙なものが取り憑いてしまうことがある。しかも前面は沼。

この「アッシャー家の崩壊」は短編小説である。「短編小説のお手本」と言われているほどの作品だ。ところが「短編にしてはずいぶん語るなぁ」と思うほどに、アッシャー家にたどり着いて目の前の家を眺めた時の感想が長々と述べられる。

それらの描写は(ポーのことだから)おそらく巧みにその後の展開に結びついていくのであろうことはわかっているのだが、それでもかなりウンザリする。「もうよくわかったよ。さっさと家に入れよ」と言いたくなるほどだ。

【 つづく 】


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