【 生物学魔談 】魔のウィルス(4)

【 7の緊張・40の弛緩 】

ついに日本が覚悟する時が来た。4月7日(火)午後7時。「この国もいよいよ非常事態宣言か」と覚悟してNHKを見ると、非常事態宣言ではなく緊急事態宣言。
「?……非常事態宣言だと思っていたらいつのまにか緊急事態宣言になってるぞ。どっちでもエエやん、で済ませてよいのか。なにか意図があるのか」
そう思ってあれこれ調べてみたのだが、どうもよくわからない。「State of emergency」をどう訳すのか、その程度の違いだろうか。あるいはこの国は諸外国ですでに宣言している非常事態宣言と一線を引いた宣言にしたいのだろうか。

ともあれ、その時刻に緊張感と共にテレビの前に陣どり、「7都府県」という文字に戸惑った人も多いのではないだろうか。そもそも「都府県」という言葉は通常ほとんど使わない。「都道府県」だ。なので次の瞬間に「あっ、北海道がないのか!」と大人は気がつく。しかし小中学生はどうなのか。このような国家存亡の緊急事態、その宣言内容に「通常ほとんど使わない言葉」を持ち出してくる。疑問を呈する政府高官はいないのだろうか。

さらに疑問は募る。これではまるで全国民が注目すべき内容が、肝心の緊急事態宣言から「7都府県とはどこだ?」に意図的に移行してしまったかのような宣言だ。その結果、なにはともあれ「あー、ココは入ってない。とりあえずよかった」なんて調子で、覚悟どころか緩んでしまった40道府県民もいるかもしれない。逆に「愛知県が入ってない?……なんで?」と愛知県知事は怒りまくっていたかもしれない。
最もその前日から「明日、出るらしい」「7都府県だけらしい」というウワサは日本中を飛び交っていた。なので最初からさほどの緊張感もなく「なんだかなぁ。よくわかんねえなぁ」という判然としない気分で延々と続く1時間の退屈な説明を聞いていた人も多いかもしれない。今一度「7都府県」などという耳慣れない言葉に囚われることなく、「明日は自分が感染」の危機感で全国的な緊張を持続していきたいと願う。

なにしろ「世界にとって第二次世界大戦以来の最大の試練」なんだそうである。WHOの事務局長が今度はそんなことを言ったのかと思ったらそうではなく、国連事務総長がそう言ったらしい(3月31日付BBC)。そうした言葉を聞くにつれ「そうかこれはやはり人類史に残る大事件なんだな」という思いを新たにする。我々はいま人類の一大事を目撃している。
……いや「目撃」という言葉にはどこか「対岸の火事」的距離感がある。より的確に切迫的に表現するならば「我々はいま人類の一大事の只中にいる」ということになろうか。ニューヨーク市長は悲痛な面持ちで「いまの我々をよく見てほしい。明日の君たちだ」と言った(4月5日夜のNHK報道)。

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【 死の勝利 】

さて本題。イタリアの話をしたい。
イタリア在住の友人画家がいる。11年前、彼はイタリア縦断旅行中に現地の女性と知り合って恋に落ち、フィレンツェで同棲生活となった。なかなか素敵な話である。しかし御存知のようにいまのイタリアは大変な事態となっている。いよいよ「これはやばい」と震撼した友人は彼女を連れて「イタリア脱出 & 日本で同棲」を計ったが、彼女を説得したり、航空機チケットを手に入れたり、準備を進めたり、あれこれ迷ったりしているあいだにその機を逃してしまった。彼女の両親にその計画がバレてしまったらしい。当然ながら猛反対され、彼女も一気にイタリア脱出テンションが失速してしまい、ついに「私、行かない。やっぱり両親を置いていけない」と言い出した。さもありなん。

まあそのような経緯で彼は結局イタリアにとどまることになったわけだが、「隙あらば」の気概でまだまだイタリア脱出をあきらめてはいないらしい。頻繁に私にメールをくれて「日本に逃げ戻ったらひとつよろしく」といった感じのメッセージを送ってくる。
この「ひとつよろしく」というのは具体的にはなにを希望しているのかいまひとつよくわからんのだが、まあたぶん日本に逃げ戻った暁には、都会ではなく(私のように)山村に逃げこんでしまいたいのだろう。しかし新型コロナウィルスつきではかなわんのでそのとおりに(遠慮なく)返答し、「終息したら」と送ったら、なんと「1年間は終息しない」と来た。要するに決定打ワクチンが出るまでは「あかん」と思っているのだろう。

「そっちではそう考えてる人が多いのか?」と聞いたところ、「どこの国でも同じで色々な人間がいるし、世代にもよるが……」と前置きした後で、「〈死の勝利〉は知ってるか?」と来た。「さすがは画家。ブリューゲルを出してきたか」と思ったり「そう言えば彼(友人)の作品の一種独特の暗いセピアは、ブリューゲルの影響か」と思ったり。

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「死の勝利」というおぞましいタイトルの絵画は御存知だろうか。描いたのはブリューゲル(1527頃〜1569)。ブラバント公国(現在のオランダ)の画家である。
ブリューゲルと言えば、2017年に「バベルの塔」が日本に来たことが思い出される。「ブリューゲルの最高傑作!ついに大阪へ」というので、私も(珍しく)岐阜の山を降り、大阪の中之島まで行き、国立国際美術館でその原画を見た。「なんだこんな小さな作品だったのか」と意外に思うほどのサイズの作品で、それをいやが上にも大袈裟に盛り上げようと演出する美術館の画策に失笑してしまうような展覧会だった。「ブリューゲルの最高傑作」と呼ぶにふさわしい作品とは、やはり「死の勝利」であろうと思う。

さてこの油彩画は、14世紀にヨーロッパ全土を恐怖の底に突き落としたペストの大流行を題材にした奇怪な絵画である。階級も財産も武力も年齢もまったく関係なく、次々に人々を殺しまくったペスト。当時はまだこれがウィルスの仕業だとは知られていなかった。人々の恐怖は察するにあまりある。世界の終末だと思っただろう。死神軍団が大挙して押しかけてきたのだと思っただろう。
古典的なタロットカードの世界では、骸骨が死神として登場する。馬に乗って悠々と迫って来たり、巨大な草刈り鎌を軽々と振り回して人間の首をバッサバサと刈ったりする。「死の勝利」ではまさにそのイメージで暗黒世界が描かれている。骸骨死神が嬉々として踊りながら人々の手をとって墓場へ誘っている。

「このおぞましい記憶が、イタリアにはいまだにある。いやヨーロッパ全土にそれはある。日本にはない恐怖で、それが人々を恐怖のどん底に突き落としている」と友人画家は言う。「まさか」と思ったり「いまだに?」と疑ったりするのだが、「宗教観か?」という疑問がふと頭をよぎる。
イタリアには敬虔なカトリック教徒が多い。イタリア国内では新型コロナウィルスが爆発的にオーバーシュートし死者が次々に出たとき、多くの神父さんもまたその犠牲になった。ウィルスのオーバーシュートには、じつはその国の民族性、伝統、宗教、倫理観……そうした違いが拡散の違いとなって現れているのかもしれない。

次回はこの友人との対話を通じ、イタリアにおける「COVID19悲劇」をさらに追求して考えてみたい。

……………………………………    【 つづく 】

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