魔 談【 魔の工房12】

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石をこよなく愛する地学部男子というのは、地蔵やガラスにも格別の関心を持って見るのだろうか。確かに地蔵は石像であり、ガラスは漢字で書くと「硝子」だ。両方とも「石」がついている。
石に興味などない出稼ぎ男子にとっては、複数の地蔵が半ば埋れていようが、おびただしい数のガラス破片がそこらに散乱していようが、その状況からなにかを推測しようとは思わない。またそんな余裕もない。このいわくつきの気味悪い場所からさっさと逃げだしたいだけだ。ところがそうもいかない。こともあろうに、逃げるどころかシャベルでこのあたりを掘らないといけない。それが任務ときてる。
「なんたる日だ」と思った。「……向こうでへたりこんでるミシマが一番正解だよ」
地面を見るのも周囲を見るのもイヤだった。ぼくは屋根のない天井を見上げた。「ぼくがいったいなにをした!」と天に向って拳を振り回したい気分だった。

「……ともあれ」
この場の状況としては、石に詳しく霊感もあるらしいこの友人に従うほかない。
「隊長!」
わざと明るい声を出した。
「どうしますか?」
反応がなかった。こちらに背を向けたままで、まったく動かない。
微妙にイラッとした気分で彼に近づいた。肩でもポンとたたいてやろうかと思い、回りこんで彼の横顔を見た。その瞬間に凍りついた。驚愕の表情がそのまま凍結し顔面にへばりついたような、彼の生体時計だけが止まってしまったような、そんな表情だった。

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じつはこの事件の数日後、ぼくはこの体験を詳細な記録に残しておこうとしている。いつも書いている日記ではなく、クロッキーブックを7枚使って書いている。クロッキーブックを使ったのは、文章だけではなく記憶に残っているシーンをスケッチしておこうとしたからだ。
ぼくは文字のすぐ脇に、この瞬間のダザイの横顔を描いている。しかも数点。1点描き、「いやいやこんなんじゃない!」というイライラ気分で即座にまた1点描き、ということの繰り返しで4点も描いている。奇妙なことに3点目と4点目は、紙をめくって裏側に描いている。
クロッキーブックというのは、普通は紙の裏には描かない。とにかく枚数を重ねてスケッチやクロッキーをガンガン描くために作られたものなので紙が薄い。そのままページをめくって裏に描こうとしても、すぐに「裏うつり」に気がつき次のページに描くものなのだ。
ところがこの時のぼくはそれさえ気がついていない。自分で言うのもなんだが、普段はそんなことに気がつかないハズはない。なのにこの時は薄いクロッキー用紙の裏面にHBの鉛筆でガリガリと描いている。消しゴムは全く使っていない。よほど無我夢中で描いていたか、あるいはテンションが少し異常だったとしか思えない。文章にも奇妙な部分がある。61歳のぼくから見て22歳の自分の文章というのは全般に目をおおいたくなるほど稚拙だが、自分でも首を傾げるほどに意味不明の部分があり、その前後の日記にはそうした部分はない。「こりゃかなり異常だわ」と思うし、そのことがまた気持ち悪い。

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とっさに思ったのは、ダザイが死ぬほど嫌いなものを見たのだろうと思ったのだ。ヘビとかムカデとかなにかそういうもの、彼が卒倒するほどに嫌いな生物を見て固まってしまったのだろうと思ったのだ。ぼくは彼の目を見てその方向を探ろうとした。ところが彼の瞳は一定の方向に向かっておらず、左右に微振動していた。いったいなにを見ているのかぼくにはさっぱりわからなかった。
「おいっ」
両肩をつかまえて激しくゆさぶった。
「ここで殺した!」
それは絶叫に近かった。ぼくの恐怖を察していただきたい。彼を残してさっさと逃げたい衝動におそわれたが、なにを見たのか、なにを言おうとしているのか、その興味の方が紙一重で勝っていた。
「殺して……瓶に入れた!」
本当に驚いたし、怖かった。いったいどのようなシーンを見ているのか、ぼくには想像もできなかった。彼にとっては死ぬほど怖い光景だったのだろう。そのままうずくまり、腹痛でも起したように背中を丸めてしまった。泣き始めた友人の背中をさすってやるしか、ぼくにはどうしようもなかった。
ふと頭を上げて、今度はぼくが絶叫しそうになった。すぐそこにミシマが立っていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・…( つづく )