【 魔の記憶 】(7)

「正直に答えてほしいのだけど」と占い女が言った。
「いつもいつも正直に答えてる」
「そういうふうにシャアシャアと言う人は信用できないのよね」
これには笑った。
「じゃあなんて言えばいい?……恋人どおしみたいに手を握りあって、互いに見つめあって〈わかりました〉とでも」

ひとしきり笑った後で彼女が言った。
「夢で同じ場所が何度も出てくる、でしょ?」
真顔に戻っている。真剣に興味のあることらしい。
「……夢の中では〈ああまたここか〉みたいな感じでウンザリするほど知ってる場所なんだけど、現実的にはそんな場所は知らないし、行ったこともない」

そのとおりだった。「自分がそこにいてその光景を見ている」という点では、夢も現実も同じ自分のはずだが、「夢の自分」はその光景をよく知っており、「現実の自分」はその光景を知らない。不思議としか言いようのない夢を時々見る。

「それをどう解釈してるの?」

しばし絶句した。解釈は避けてきた。朝になって目覚めた時に「また出たか」と、その光景についてしばらく考えていたこともある。「どういうことなんだ」と思いながら洗顔していたこともある。同じ光景が何度も出てくるのがどうにも気になり、「いまならまだ覚えてる」とふと思った時に、ベッドから仕事机に直行し、洗顔さえせずスケッチブックを開いて描こうとしたこともある。

「でもうまく描けないのでしょ」
「そのとおり」

…………………………………

「そんな馬鹿な」「こんなハズでは」と奇怪に思うほどに、描けない。夢の中では壁のレンガのひとつひとつ、石畳の石のひとつひとつがくっきりと見えているようなリアル感がある。ところがそれを描こうとすると、ラフスケッチさえ描けない。「こんな感じかなぁ」と無理矢理に鉛筆を走らせてみるのだが、どうにもダメだ。夢では「実際にそこにいて見ている」はずなのだが、現実ではまるで映画の1シーンを思い出して描こうとするように、細部を描けない。……いや映画の1シーンだって、それが好きな映画の好きなシーンだったら、もっと具体的に描くことができるように思う。

「……結局その光景は、自分の目でしっかりと見た光景ではない。夢の中では見ているつもりでも、現実的に見た光景じゃない。だから描けない。そういうことだろうと思ってるけどね」
「でも何度も出てくるのでしょ」
「そう」
「何度も出てくる理由は?」
「さあね。言いたいことはわかってるよ。ぼくの前世だった人が毎日のように見ていた光景だと言いたいのだろ?」
「そうかも」
「つまり眠ってる時にその人の記憶が再現されると」
「再現かもしれないし……」

ふと彼女の視線を注視する。私の肩のあたりから、私の背後の壁を凝視するような視線だ。「なんか見てるな」と思う。ふりかえったところで私にそれが見えるわけでもなし、「いやだなあ」と思うし、いまの我々の会話にそれが(あるいはその人が、というべきか)関係しているのかどうか気になるが、それを聞く気にもなれない。とりあえず無視する。

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「でも仮にそれが再現だとして、それが人生最後のシーンだとか、なんか悲惨なエンディングに向かうシーンだとか、そういうふうには思えない。……なんて言うか、むしろ穏やかなシーンだよ。ぼくの前世だった人は、男か女かわからんけど、悲惨な死に方をした人だとは思えない。確証はないけどね」
「そうね。そんな感じね」
「しかし仮にその人が毎日のように死を予感していて……例えば余生半年とかわかっていたりして……〈生まれ変わった次の人に、なにか伝えたい〉と強く念じながら死んだとするよね。そう念じることによって、実際に伝わるもんかね?」

彼女がひそやかにため息をつき、微妙な緊張を解いたのがわかった。どうやら「それ」は私の背後から去ったらしい。

「なにか伝えたい、程度じゃだめね。……これを、これだけでも伝えたい、みたいな強い意志がないと、たぶん、だめ」
「でも悲惨な死を遂げた人はそんな余裕、ないだろ?」
「〈いやだー、いま死にたくない〉とか、そういう最後の叫びが、強い意志以上に残ってしまった場合かも」

……………………………………   【 つづく 】

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