魔 談【 魔の工房13】

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ゆっくりと立ち上がって、ミシマを見た。なにか言うかと期待したが、一見して「こりゃダメだ」と悟った。どういうつもりでここまで来たのか知らないし、彼の場合はここまで来ただけでも表彰ものだったが、それ以上を期待するのはどうやら無理だった。足元にうずくまってグスグスやってる青年の方がまだマシだ。よくわからないことだらけだが、「ここで殺した」「瓶に入れた」という奇怪で断片的な情報を提供している。

ぼくはと言えば、仕事が一向に進まないことにイライラし、猛烈に腹を立てていた。「怒り」はときに「恐怖」を席巻するのかもしれない。ダザイもミシマもボコボコに殴ってしまいたい気分だった。
いまこの歳になって改めて当時の自分の心理を推測し、まず思うのは「これは多分にジェラシーの色が濃い」ということだ。ぼくにしてみれば、この仕事仲間たちはぼくがいかに努力しても見えないものを存分に見ていながらそれと対峙しようとせず、対峙どころか逃げ回ってばかりのように見えた。逃げて事なきを得るのであれば、それはそれで構わない。そういう生き方を続けていけばいい。しかしいまのこの状況はそうではない。出稼ぎ短期バイトだし、イレギュラーだし、不可解な納得のいかない指示ではある。しかし仕事は仕事だ。仕事である以上、そんなのらりくらり恐怖を抱えていてはどうにも前に進まんではないか。いかんではないか。
「そんなにイヤなら、その能力の半分でいいからぼくにくれ!」
ふたりにそう叫びたい気分だった。しかしこれはまさに「知らぬが仏」というヤツかもしれない。本当に見てしまったらダザイよりも号泣し、ミシマよりも崩壊したかもしれない。

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「とにかくだ!」ぼくは大声で怒鳴った。
「ここでいったいなにがあったのか知らんが、そんなことはぼくたちの仕事とはなんの関係もないっ!」
「おいっ、そうだろっ!」ぼくはダザイを蹴飛ばした。
「そうだろがっ!」ミシマも一発なぐってやろうかしらんという剣幕だったが、ヤツはまたその場でへたりこんだ。
「ケッ!」ぼくはツバを吐いた。「どいつもこいつも女のクズみたいな野郎だぜっ!」

ふと見ると、ミシマがかすかに震える指先で地面を指さしている。それはまさにぼくが立っている場所だった。さすがにギョッとして足元をよく見たが、特になにかがあるわけではなかった。登山靴の先で足元の草をガサガサッと乱暴にかき分けてみたが、細かいガラス破片がジャリジャリとイヤな音をたてるだけだった。
「ここがどうだというんだよっ!」
なにか言うかと期待したが、やはりだめだった。
ふとダザイを見ると、地面に横倒し状態でぼくを睨んでいた。ハッと反省気分になったが、声が出なかった。
「掘ってみろよ」かすれた声で彼が言った。「そんなに知りたいなら、掘ってみろよ!」
「おおっ」ぼくは笑った。「やっと隊長からまともな指示がでたぜ!」

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ぼくは掘り始めた。しばらくしてダザイが加わり、それを見たミシマも加わった。我々3人はただ黙々とシャベルを使った。だれもなにも言わなかった。
1時間ほど掘っただろうか。我々は無言で休憩した。みな汗だくで、疲れきっていた。ガサガサやっていたミシマがひょいっとなにかを出した。見ればジョニ赤だ。4分の1ほど残っている。彼は無言でひとくちラッパ飲みして顔をしかめ、無言でボトルを回してきた。ぼくは当然のように無言でそれを受け取り、ラッパ飲みした。喉がグワッと焼けつくような、激痛が走るような味だった。

ダザイも無言で受けとった。同じようにグイッとあおったのはよかったが、その直後に猛烈に咳こんだ。喘息のようなひどい咳きこみ方だった。驚いたミシマとぼくは反射的にダザイに駆け寄った。彼の背中をさすったり、トントンと軽くたたいたり……なにかをずっと我慢してきたダザイは、そのとき崩壊した。我々の手の感触を肩や背中に感じて、とうとう我慢できなくなったのかもしれない。ぼくの胸に頭を押しつけるようにして号泣した。
「……すまん。悪かった」
謝っているうちに、こっちまで泣けてきた。我々は3人ともその場でへたりこんで泣いた。じつに異様な光景というほかない。
ぼくはふと注視した。ダザイの肩越しに、自分たちがせっせと掘った穴の底をふと注視した。異様に白いものが、そこにうっすらと浮き出ていた。

・・・・・・・・・・・・・・・( つづく/次回最終回 )

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