【 魔の湖底 】(10)

グラフィックデザインを学んだことがある人にはきっと経験があるだろう。「名刺をデザインする」という課題。これは面積が小さいとはいえ、決して馬鹿にはできない。
私は専門学校でグラフィックデザインを教えていた時代がある。生徒がある程度Mac(マッキントッシュ・コンピュータ)のツールを使ってデザインできるようになった段階で、制作課題として名刺をデザインさせてみたことがある。

「あなたがパン屋さんの店長になったとします。その名刺をデザインしてください」
店名も生徒に決めさせる。ロゴタイプの説明をし、かわいらしいキャラクターとか、いかにもパン屋さんらしいマークとか、そうしたデザインも自由に創作させる。そしてそれら全部を盛り込んだ名刺をデザインさせる。生徒の中にはよほどパンが好きなのか、とても喜んで熱心に取り組む子もいたりする。「お店の写真を入れてもいいですか?」なんて自発的に言い出す女生徒もいる。「名刺に店舗写真も入れるというのか。見たことはないが、着想はいい」とほめながら許可すると、お気に入りのベーカリーの写真を撮ってきて名刺に配置したりする。

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さてこのとき……つまり私が大学生であった頃、日常的に名刺を使うような機会はなかったが、画材代ほしさでずいぶん色々なバイトを意欲的にやっていたため、バイト先でもらう名刺は何枚か持っていた。大学教授とか講師とかの名刺は面白くもなんともなかったが、カフェバー店長、ジャズバー店長、レコード店長、建設会社社員、石膏デッサン教室主宰、ホテルマネージャー……そうした職種の名刺はデザインとして面白いものが何枚かあった。

その中に1枚、特に重宝して大事に保管している名刺があった。なにしろその名刺ときたら、いかにも高級そうなぶあつい和紙の片面に、いかにも高価そうな黒光するインクで、たった2行の文字しか並んでいない。肩書きに相当するところに(氏名に比べてやや小さめの文字で)「京都○○連合会」。その横、名刺のセンターには、縦書きの筆文字で氏名が黒々と印刷されている。ただそれだけの文字しかない。住所も電話番号もなにもない。「どのような場で、なんのために使う名刺なんだろう」と思われるような、一種異様な名刺だ。

なぜそんな名刺を大学生の私が持っていたのかということなのだが。

大学生より少し以前、高校生であったころ、父は中学校の美術教師をしていた。彼は日教組(日本教職員組合)に属し、その活動をかなり積極的にやっていた(らしい)。1970年代、京都、日教組……と並べれば、(ざっと50年前の話になるのだが)60代以上であれば、「ははあ」と思い当たる人がいるかもしれない。「大学紛争時代」という言葉が象徴するキナくさい時代である。しかし「大学が大変なことになってる」という報道は知っていても、高校生にとっては迫りくる受験の方が遥かに脅威だった。その渦に突入しつつあった私には父の属する日教組の活動などに興味があるはずもなく、日教組と共産党がどのような関係にあったのかも、全くどうでもよかった。しかし「日教組が集会を開くたびに右翼が押しかけて、すごい剣幕で怒鳴って妨害するらしい」ということぐらいは知っていた。

そのような折、高校から自転車で帰宅した私は、カーキ色に染まった右翼の宣伝カーが、自宅玄関前にドカッと駐車している光景を見て驚いた。これじゃ玄関から入ることさえできない。「どうやら父に対する嫌がらせらしい」ということはすぐに察しがついた。
「さてどうする?」
当惑顔で自転車を降りてカーキ色を見ていると、宣伝カーのすぐ後ろに駐車していたベンツ(見たことがないほど大きな黒いベンツだった)から一人が降りてきた。黒いサングラスをかけたスーツ男が私の前に来て「ここの息子か?」と聞いた。「そうです」と答えると、頷いてもう一度ベンツに戻り、スルスルと開いた後部窓に顔を近づけるようにして中の人物となにやら話をしていたが、すぐに戻って来て、私の父の名前を口にした。「その息子か?」と聞くので「そうです」と繰り返すと、またベンツに戻って行った。「念の入ったことだな」と思いながら見ていると、また戻ってきて1枚の名刺を私に差し出した。
「これをオヤジさんに渡してくれ」

私は名刺を見た。「京都○○連合会」と氏名しかない。裏を返して見たが、なにもない。「なんだこれは?」と思ったが、おとなしく「わかりました」と言った。しばらくして宣伝カーとベンツはエンジンをかけてゆっくりと移動して行った。

台所に行くと、母は宣伝カーのことを知らなかった。その話をして母に余計な心配をさせるのもどうかと判断した私はなにも言わず自室に戻り、胸ポケットに入れていた名刺を引き出しに放りこんだ。カバンから教科書やら参考書やら筆箱やらを出して受験勉強を始めた。
夕食時に父は戻って来なかった。私は夕食をすませ、風呂に入り、受験勉強の続きをして、ベッドにもぐりこんだ。翌朝には名刺のことなどケロリと忘れて高校に行き、帰宅後も奇麗に忘れていた。なにしろ数日後のテストのことで頭がいっぱいだった。

その後数年間、名刺は引き出しの中に放置され、忘れ去られ、あるとき発見されて「これ、ちょっと珍しいよな」という単純な理由で自分の名刺ストックに加えられた。……結局、父には、その名刺の話は全くしなかった。したところでどのような反応を示すか、大体の予想はついていた。そのまま屑籠に放りこまれるか、あるいは私と同じように、黒光するインクには興味を示したかもしれない。

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「まだ大学生なんで、自分の名刺は持ってないのですけどね」と私は言った。「しかし名刺のデザインには興味があるので、色々な人から名刺はもらってます。その中でも特に大事にしている、変わった名刺もありましてね」
私はその名刺の特徴を、ゆっくりと、克明に説明した。男の表情をつぶさに観察しながら、その名刺に記された文字も告げた。彼の酔った表情には明らかな変化があった。狼狽の様子も見てとれたとき、勝ち誇ったオオカミのような気分を、私は味わっていた。「我ながらひどい男だ」と思いつつ「さていかにしてこの、最低の男をいじめてやろうか」とニヤニヤし始めていたサディスティックな自分を、今でもよく覚えている。

……………………………………【 つづく/次回最終回 】

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