【 追悼魔談 】魔の表情(7/最終回)

「宮崎駿」監督談によれば、カオナシは当初の「千と千尋」キャラクター設定には入っておらず、後から追加したそうである。
ちょっと驚く話だ。「カオナシなしの(笑)千と千尋?……ありえない」と思うほどだが、遅れてやってきたキャラというのは、最初から設定されていたキャラよりも「より明確な役割を必要とされて追加した」あるいは「作品にさらに深みを加えるために登場した」と考えることもできる。「料理におけるスパイスの役割」と言えるだろうか。スパイスが料理の主役になることはまずないが、「スパイスが効いておいしい料理だったねぇ」とその料理全体の評価に繋がってゆくことは十分にありえる。

またカオナシは、そのネーミングといい、ルックスといい、行動といい、宮崎駿のややブラックな、シニックな、キャラ設定における仕掛人的な一面を濃厚に感じるキャラのように思う。「カオナシ」と(半ば突き放したようなネーミングで)命名されているが、奇妙で無表情で仮面のような顔はちゃんとある。ちゃんとあるどころか、そのルックスはまさに「仮面黒子」といった設定だ。見る側はその顔に注目せざるをえず、その顔は見る側の欲求に全く答えてくれない。いらだちや失望感や不安感を募らせる顔だ。じつに巧妙で作為的なキャラだ。忽然として現れたキャラでありいったいどこから出てきたのか判然としないのだが、宮崎駿のダークサイドから生まれてきたのかもしれない。

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……さて、というわけで、この話はそろそろ終わりにしよう。
今回は「仮面」にこだわってあれこれと話をしてきたので、最後にお得意の映画談。「映画に登場する仮面」の話をしておしまいにしたい。
様々な映画のシーンで印象的な仮面が登場するが、「映画に出てくる仮面といえば……」ということで、私がまず思い浮かべるのは「アマデウス」(1984年/アメリカ)のシーンだ。これは「モーツァルトの謎の死」を描いた映画である。

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専門学校でグラフィックデザインやイラストレーションを教えていた時代、受講生から「クラシック音楽がわからない」という声を聞いたことがあった。まったく専門外のことであり、私にとってはどうでもいいような話だが、たとえば「楽器演奏を楽しむ人、あるいは楽器演奏を楽しむ動物」といった課題を出して「次回(1週間後)はこのテーマで制作するので、ラフを描いてくること」といった宿題を出したときなどに、たまにこうした感想なり相談なりが(その夜の飲み会などで)出てくる。

「別段それならそれで構わんだろう」と思ったし、「無理に勉強するほどのことでもない。クラシック音楽がわからなくたって、人生はいくらでも豊かに過ごせる」と答えたこともある。しかしそれでも「どうしたら良さがわかるのか。どこがいいのか」と聞いてきた受講生が数人いた。記憶ではみな女性で、みな生真面目な感じの子だった。
「まあ好きになるかどうかはわからんけどね」と前置きし、「まずはモーツァルトからはじめたらいい。この映画を観たら、彼がどんな時代に生きたのか、どんな作曲をしたのか、そしてどんな死に方をしたのか……そういうのがよくわかる」とアドバイスをして「アマデウス」を教えた。
その結果、受講生のひとりはこの映画からすっかりモーツァルトにはまり、クラシックに興味を持つようになり、「アマデウス」DVDと「レクイエム」CD(マリナー版)を買った。
その後、彼女は母親とふたりでフランスに旅行し、パリのオペラ座(ガルニエ宮)でオペラを楽しむほどになり、現地のホテルから私に絵葉書を送ってきた。1本の名作映画により、彼女は「クラシック音楽が好き」という人に変化したのだ。

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……さて仮面。この映画に出てくる仮面の登場の仕方がじつに印象的だ。すでに御覧になったかたは「ははあ、あのシーンだな」となんとなく思い浮かべるのではないだろうか。生活費に困窮、奥さんは息子を連れて別居、飲酒とパーティーで荒れた日々、こうした作曲生活に明け暮れるモーツァルト。呼び鈴を聞き、ドアを開ける。すると目の前に仮面の男が。その仮面こそは、死んだ父がパーティーでかぶっていた仮面だった。……というわけで、思いもかけず再びその仮面を間近で見た瞬間の、モーツァルトが受けた打撃。これはもう、計りしれないほど深刻なものであったことはまちがいない。彼はその瞬間から、なにかに取り憑かれたように「仮面男から依頼されたレクイエム」作曲に没頭してゆく。

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仮面は固定された顔であり、そこには「人の形をしているが、人ではない」という不気味さが潜んでいる。人であれば、表情はたえず変化してゆく。その「動」こそが生きている証のようなものであり、我々はそこから相手の気分なり心理なりを推し量っていくことができる。
しかし仮面にそれはできない。いわば「歩み寄りを拒絶した表情」だ。それは人ではなく……ということは神かもしれず、化け物かもしれない。
「正体不明」の不安感を相手に与えることが、仮面の本質であるように思われる。

……………………………………    【 完 】

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