仮に私の友人である占い女を「黒ユリ」としよう。シアトル在住のマッシュルームカット日本女は「黒キノコ」、同棲の金髪ボブアメリカ女は「黒ボブ」。
黒ユリ、黒キノコ、黒ボブの3人は前世からの友人だったとお互いに確認しているそうだ。前世でも来世でも好きなだけ友人だったらいいと思うのだが、あるとき、黒キノコが黒ユリにこんなことを言ったらしい。
「こんなお友だち、いるでしょ」
黒キノコがその特徴を並べ始めて、すぐにわかったという。
「いるいる」
「その人、過去生からなんかでつながってる人でしょ」
「……みたいね」
「調べてみた?」
「少し」
「伝えた?」
「伝えてない」
「どうして?」
「本人が聞きたくないと言ってる」
「ふうん」
…………………………………
「冗談じゃない」
思わず笑った。微妙に腹立たしい気分でさえある。そんな関係(?)に巻きこまれるのはまっぴらだ。今回の自分の人生でさえなにしに生まれてきたのかまだ判然としなくてジタバタしてるというのに、過去生とやらの自分にまで責任持てるか、そんなの関係ねー、どうでもええわ、どうせ死んじまった男だろうが、おとなしく成仏してろよ……といった主旨のことを、笑いながら伝えた。
「でもまったく関係ないとは言えないとしたら?」
無言で彼女を注視する。
「その人の無念がいまのあなたに残ってるとしたら?」
「無念?……あのね、かりにぼくの前世だった男が無実の罪で十字架にはりつけにされて脇腹をグサリと刺されて死んじまったとしてもね、その男とぼくは、なんの、関係も、ない。新たな人生を開始するべくリセットされてぼくは生まれてきた。たまたまそのリセットがちょっと不完全で前のデータの痕跡がなにか残っていたとして、それを掘り起こして再現してなにが面白い?……そんな情報がいったいなんの役に立つ?」
まあまあ、といった感じで彼女はテーブルに乗せた右手を軽く振りながら笑っている。「そんなに腹を立てなくとも」とでも言いたいのだろう。そんなに腹を立てているわけではないし、じつのところ「聞いてみたい」という気持ちは心中のどこかに確かにある。しかし率直に「聞きたい」と言う気にどうしてもなれない。我ながら不思議な抵抗感覚だと思う。あるいは一種の危機回避感覚かもしれない。
…………………………………
ふと「マトリックス」の冒頭シーンを思い出す。薄暗い部屋でモーフィアスが両手を広げ、左右のカプセルをネオに見せている。青い薬を飲むか、赤い薬を飲むか。青を飲めばベッドの上で目覚め、元の日常生活に戻る。赤を飲めば真実を知るために、ウサギの穴の底に降りて行くことになる。
「そんなふうに、赤いカプセルを飲んだ途端にすべてのオーラが見えるとしたら……」
黒ユリは笑っている。
「ぼくはネオみたいに赤い方を飲むかなぁ」
「絶対飲むよ」
「なんで?」
「だって飲まなきゃ、お話がそこで終わってしまうでしょ」
「……そりゃそうだ」
「真実を知りたい人は、結局はみんな赤い方を飲んでしまうのよ。そして自分の人生を破壊して、真実を探しに行くのよ」
「死に至るとも、真実を語れ」
「なにそれ?」
「さあね、中世の騎士が出てくる映画で見たセリフ」
「ふーん。いい言葉ね」
「悲惨を招く言葉でもある」
…………………………………… 【 つづく 】
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