【 魔の記憶 】(4)

前世の記憶を語り始める少年少女の事例は、インドでは数多くあるらしい。
「インドで?……なんでインドなんだ?」
「インドでは、大抵の人が過去生を信じてるから」
「ああなるほど。ヒンズー教ね」

インド、タイ、ミャンマー……ヒンズー教徒や仏教徒が多い国では、輪廻転生を信じている人が多い。なので、子が授かってこの世に生まれてきた瞬間から、ある期待を持って我が子を注視する親が多い。この子は、どんな人が生まれ変わって、この世に出てきたのだろう。そうした目で我が子の成長を見守る。2歳とか3歳になってある程度の言葉を発し始めた段階で、毎日のように尋ねる。
「ねえ、なにか覚えてる?」「ねえ、なにか話して?」
「ねえ、あなたはどんな人だったの?」

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「うるさい親だな。この世に出てきた途端に質問ぜめか。インドに生まれなくてよかったよ」
「でも事例はたくさん集まる」
「集めてどうすんの?」
「常識とか、科学とか、そういうのでは説明のつかない事例が、実際は、たくさんあることがわかる。科学者も笑ってすませなくなる」
「ああなるほどね。そういうことか」
「それに日本でもちゃんと事例はあるよ」
「そりゃ探せばあるだろうね。有名な話?」
「ラフカディオ・ハーン」
「あ、小泉 八雲ね。……なんだよ怪談話かよ」
「でもその話は事実。……全国的に有名になった話を、彼が書きとめたのよ」

スケッチブックの裏に「小泉八雲、勝五郎」と書きとめた。「勝五郎」という男がその「有名になった事例」らしい。彼女と飲んだ数日後にふとそのことを思い出し、ネットで調べた。なかなか興味深い話が出てきた。

…………………………………小泉 八雲

昔、小谷田 勝五郎(こやた かつごろう)という男が、武蔵国多摩郡にいた。現在の東京都八王子市である。生まれたのは1814年(文化11年)、江戸時代である。55歳で死んだのは1869年(明治2年)、明治時代である。幕末から明治の激動時代に生きた男だが、とくになにかで大活躍したとか、そういう話ではない。
彼は8歳になった時に「この家に生まれる前は……」と自分から語り始めた。前世は少し離れた村に住んでいた藤蔵という男の子で、6つの時に病気で死んだというのだ。藤蔵の両親の名前もスラスラと言った。自分の葬式の様子から、その後に母が泣いていた様子まで語った。

こうした記憶を、勝五郎は8歳で突然に思い出したのだろうか。そうは思えない。たぶん幼い頃からずっとその記憶を隠し持っていたのだろう。とうとう我慢できなくなって、あるいはこんなことはごく普通のことだと思って兄弟に話したが、兄も姉も気味わるがって相手にしてくれなかった。次に一大決心をして両親に話したが、「だれにも言うな」と口止めされてしまった。しかし勝五郎が毎晩一緒に寝ていたおばあちゃんだけは、話を真剣に聞いてくれた。
「8歳にもなって、毎晩おばあちゃんと一緒に寝るのかよ」と思うのだが、おばあちゃんにとって格別にかわいい孫だったのかもしれない。

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事実、その後のおばあちゃんの行動がすごい。「その村に行ってみたい」とせがむ勝五郎の願いをかなえるのは、なんとこのおばあちゃんなのだ。二人は山を越えてその村を目指した。
村が近づくほどに勝五郎は喜んで先を急ぎ、一度も来たことがないはずの道をどんどん歩いて行った。迷いなく「この家だ」と示し、家の中のことまでよく知っていた。しかも「この木は前にはなかった」と言って村人たちを驚かせた。それらは全て的中していた。

こうなってくるともう、疑っていた周囲の村人たちもみな信じないわけにはいかない。
信じるとなると、今度は「藤蔵として死んでから勝五郎として生まれ変わるまで、4年間ある。その4年間はどこでなにをしていたのか」ということに興味が集中する。

勝五郎の話では、手招きして勝五郎を呼んだ老人と一緒に、宙を飛んだり下界を眺めるようなことをしていたらしい。それがざっと3年。そのうちに母となる人の近くに連れて行かれ、いつしかそのお腹にすっと入ったらしい。……で、オギャーッと出てくるまで通算4年かかったということになるのだが、なぜそれが4年間なのか。最初の3年間はなにを意味する期間なのか。老人は何者か。まったくわからない。やはり謎は謎として残されたままだ。

ともあれ勝五郎の噂は一気に拡大した。池田 冠山(いけだ かんざん)という大名が勝五郎を訪ねてきた。池田は6歳の娘を亡くしたばかりであり、「娘もどこかで生まれ変わっているかも」というせつない親心で話を聞きに来たのだ。

この評判は江戸にまで届き、勝五郎と父親は領主に呼ばれて江戸まで出向くことになった。その際に学者の平田 篤胤(ひらた あつたね)も、評判を耳にして父子を自宅に招いた。平田は話を聞いて「勝五郎 再生記聞」(かつごろう さいせいきぶん)という書物にした。
その後、平田は京都でこの書物を天皇に見せている。なんと勝五郎再生談は時の天皇までが知る話となったのだ。噂は当然ながら京都中に広がった。なんとも愉快な話ではある。

……………………………………   【 つづく 】

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