【 魔の帰巣人形 】(2)

帰巣とはなにか。「動物の帰巣性」という言葉がある。この場合の「動物」とは、虫や鳥や魚も含まれる。つまりミツバチや、ツバメや、サケなどにとって、とても大切な場所がある。自分が生まれた場所、自分の巣がある場所、自分が卵を産むべき場所……そういう場所だ。彼らはその場所から遠く離れることがあっても、必ずそこに戻ってくる。どうして戻ることができるのか。そのメカニズムについては不明点が多い。現代の科学においてさえ、説明のつかない事例が多い。

またそうした社会的昆虫、渡り鳥、回遊魚などの帰巣性とは別に、極めて個人的な「動物の帰巣談」がある。「遠くの友人に預けた犬が脱走して帰ってきた」「遠くの山に捨てた猫が帰ってきた」といった話を聞いたことがあるのではないだろうか。

飼い主の身勝手な行為に対し、必死の思いで戻ってきた犬や猫の帰巣本能は、美談として扱われることが多い。犬や猫がどのような苦労をなめて戻ってきたのか知る由もないが、そうした事件を取り上げたバラエティ番組で「大泣きの飼い主をペロペロとなめる犬」のラストシーンが映し出されると、ゲストは一斉に涙をハンカチに吸い取らせて、もらい泣きしている。

友人の奥さんも、こうしたワンコ美談にはもう格別に圧倒的に弱いらしい。「わたし、ダメ。こういうの、ホントダメ」とか言いながら号泣するそうである。うっかりと見てしまうともう、食事の支度もヘチマもない。なにもかも中断で15分間はどうにもならんので、友人はやむなく奥さんの肩をやさしくポンポンとたたきながら「海の向こうの知らない家に犬が戻ってきたおかげで、我が家の夕食が15分間お預け。じつに奇妙な時代だな」と思ったそうだ。彼には気の毒だが、微笑ましい光景ではある。

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ところが「物にもそうした事件が起こるらしい」と言えば、あなたは笑うだろうか。もとの居場所に物が自分から戻ってこようとする。「そんなバカな」と言ってとりあわないだろうか。

ライアル・ワトソン(1939 – 2008)は御存知だろうか。南アフリカ生まれのライフサイエンティスト(生命科学者)である。「スーパーネイチュア」(1973)は世界的ベストセラーとなった。超常現象に対する珍説・奇説・作り話が多いことでも有名な科学者だが、とにかく話が雄大で面白い。2008年に彼が脳卒中で逝ったとき、ニューヨーク・タイムズは「独自の道を歩んだ博学の士」と題した記事を掲載した。

彼の「シークレット・ライフ」(1990)によれば、こんなエピソードが語られている。
15歳の少年が珍しく大物のタラを釣り上げた。彼は大喜びでそれを祖母に渡した。祖母がタラをさばくと、その腹からダイヤモンドの指輪が転がり出た。それは3年前に祖母が水泳中に落としてしまった家宝の指輪だった。

多くの人は「単なる偶然」と言うだろう。「天文学的な発生確率だが、たまたま実際に起こってしまったので話題になった。ただそれだけのこと」と解釈する人も多いだろう。
「シークレット・ライフ」ではそうした事例が次々に紹介される。「物の世界で、なにか奇妙な事件が起こっている。世界中で発生している」とした上で、勝手に暴走した無人車や、隙あらば暴走しようとする軍事コンピュータ・ネットワークの話が出てくる。「単なる偶然」で話を終わりにするのではなく、「なにか不可解なことが起こっているのではないか」と疑って追求する人々の仮説が出てくる。「物は持ち主と一体化したがる」という奇説も出てくる。「持ち主が大事にしている物は、それだけ強く持ち主と一体化したがる」というのだ。

次回から始める奇怪な話にあたって、その説を頭の隅に置いていただけると、うれしい。

……………………………………   【 つづく 】

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