【 魔の帰巣人形 】(1)

カメラマンの友人がいる。私よりもふたつ年上で、いまインドで生きておれば(生きていると信じたい)65歳。体重54kg、身長171cmの痩せた男だ。うっすらとした口髭を生やし、長髪を後ろで無造作に束ね、ニコンの一眼レフを4機種、レイバンのサングラスを3種類持っている。30代40代は山岳写真をこよなく愛し、50歳になる少し手前で、北穂山頂の山小屋で私と知り合った。

我々はお互いを一目見た瞬間から気にいった。下山後も年に一度か二度、池袋や高田馬場や名古屋や京都で会って、心ゆくまで酒と雑談を楽しんだ。我々の関係を知らない者がその様子を見たら、とても仲のよい兄弟のように思ったかもしれない。それほど我々はルックスが似ていた。身長も体重も体型もほぼ同じで、そのせいか、声まで似ていた。彼の方がやや低い声のように思ったが、声というのは自分で感じている声と外に発せられた声とは微妙に違うものであるらしい。第三者が聞けば、声も驚くほどよく似ているのかもしれない。

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これからお話しするのは、その友人TTが体験した実話である。じつに奇怪な話だったので、記録した。その話を聞いた直後に、数日間かけて書いた。その時点では、特に「なにかに使いたい」とかそうした意図はまったくなく、「とにかく書いて残しておきたい」という単純な動機にすぎなかった。

それから歳月が経過し、我々は相変わらず「年に一度か二度」の酒と雑談を楽しんできたが、もうその話は出なかった。私も「記録した」という安心感があったせいか、その話を持ち出すことはなかった。グラスの向こうの彼の穏やかな笑顔を見つつ様々な雑談に花を咲かせている最中に、チラッとその話が脳裏をかすめることが何度かあったが、その話を持ち出すのはなんとなくためらわれた。

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あるときTTは「近々デリーに行こうと思う」と言った。彼が撮影したいのはデリーの市場だった。「ああそれは楽しそうだな」と私は思った。むろんデリーに行ったことはないが、「異国の市場」というイメージが頭の中に広がった。サリーをまとった女性たち、見たこともない種類の野菜や果物、飛び交う異国語の喧騒。
「現地のホテルから手紙を送るよ」と彼は笑った。
「ちゃんと日本に着くのか?」と私も笑った。
「着くと信じれば……」と彼は言った。言葉の流れから「絶対に着く」とでも言うのだろうと思っていたら、そうではなかった。「着かなかった時の失望が大きい。まあ着いたらいいな、程度の期待で出せば、着かなくてもさほど失望しない」

「面白い考え方をする男だな」と思ったが、なぜかその瞬間に彼が話してくれた人形の話が頭をよぎった。その話を聞いてからすでに数年が経過していたが、克明な記録をしておいたせいか、まだその話は私の内部で色あせてはいなかった。私はその話を持ち出した。
「ああ、あの人形の話ね」
彼の表情は微妙に曇った。
「それがどうかしたのか?」

開始したばかりの「魔談」の説明をした。彼は面白がり、その話の地名と個人名を出さないことを条件に許可した。むろん私としては、地名も個人名も最初から出すつもりは全然ない。
「すべてフィクションという設定にしてもいい」
「いや、それはかえってまずい」と彼は笑った。実際に起こったことだから、そう書かないことには「こんなつくり話」で片づけられてしまう可能性があり、それは心外だというのだ。
「確かにそうだろうな」と思った。

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いつ出発するのか聞いていなかったが、メール添付で彼から送られてきた写真を見たときは「おおっ」と感動した。野良犬のようにそのあたりを好きに歩く牛。山のように積み上げられた穀物や豆類や乾物。色彩見本のように色とりどりの野菜や果物。映画「ニュー・シネマ・パラダイス」のトトのように、浅黒い肌にクリッとした利発そうな目でこちらを見て笑う少年。車やバイクや自転車や通行人に混じって、せわしなく動き回る甲虫のようにあちこちを走り回っているオート三輪車。

メールには「2週間ほどで帰国する」とあったが、その後3週間たっても4週間たっても、彼からの連絡はなかった。メールも手紙も電報もなかった。無事を祈りつつの魔談開始となった。この「不気味な人形談」に登場するTTが難局を乗り越えたように、彼はいまもインドのどこかでカメラのシャッターをきっていると信じている。

……………………………………   【 つづく 】

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