【 魔の帰巣人形 】(7)

「それで……丘の上の教会を見上げつつハアハアと息をきらせながら坂道を登っていたときなんだけどね」
TTはどこか影のある笑みを見せた。彼がときどき見せる独特の苦笑だ。自嘲のようでもあり、単なる苦笑いのようでもある。「……おっ、この笑みを見るのは久しぶりだな」と思いつつ、私は彼の話のつづきを待っている。

「ふっと、妙な気分になってね。……なにかに誘導されて歩いてるような、この行動自体がもうずいぶん前から予定されていたような、そんな感じ」
「誘導?……予定?」
彼がなにを言いたいのかさっぱりわからず質問しようとしたが……彼もまたそうしたことを言い出しながら、結局、自分が言いたいことが整理されていなかったのだろう。軽く右手を振るような仕草をして「いやこの話はもうどうでもいいことだ」といった仕草をした。

「デジャビュを感じたことがあるか?」
「……まあ、ある」
「その感じに近いかな。……ほら、デジャビュを感じた瞬間に予感なんかないだろ?……ある瞬間にある光景を見て〈あれっ?〉と驚く。まさかと疑いながら〈これは以前に見たことがあるぞ!〉と確信する。……でもそう思うだけで、その後になにかが起こるかというと、なにも起こらない。そうだろ?」
「……まあ、そうだ」
「そんな感じかな。ふっと心をよぎった奇妙な感覚というか……しかし結局、その感覚はなんの役にも立たない。なんのメッセージも残さない」

我々はしばし黙った。私も記憶を漁って「デジャビュがなにかの役に立ったことがあるか。なにかメッセージのようなものを感じたことはあるか」と思い出そうとしてみたのだが、そうしたことは全くなかった。……その瞬間、奇妙で不可解な驚きがすっと心を通り過ぎていっただけだ。

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TTはようやくの思いで教会の壁にたどりついた。改めて近くで見て、壁の高さに驚いた。4メートルはある。「まさに城塞」と思いつつ中に入り、聖職者らしき黒衣の老人を見かけた。英語で話しかけてみたが、耳が遠いらしく耳に手を当てて首を傾げるばかりだ。

困り果てていると、老人はTTの姿をじっと見ていたが、手真似で「こっちに来なさい」という仕草をした。聖堂の中に連れていくのかと思ったが、そうではなかった。向かったのは聖堂をぐるりと囲むようにして立っている壁だった。外側からはわからないが、内側から見るとそれは単なる壁ではなく「ぶあつい壁のように見える小部屋の集合」だった。ずらりと並んだ木のドアを見てTTが驚いていると、老人はそのドアのひとつを開けて内部を見せた。声も話している言葉もわりあいにしっかりしているのだが、やはり英語ではない。

TTは部屋の中を見た。ガランとして家具ひとつない板敷きの部屋だった。「部屋というよりも独房だな」と彼は思った。奥行きは3メートルぐらい。奥の壁にひとつだけの小さな窓がある。縦に長い長方形で、真ん中に鉄棒が入ったただの穴だ。なるほどこれじゃ子供さえ出入りは無理だ。
老人を見ると穏やかな笑顔だ。「どうやらここで休憩しても良さそうだな」と見当をつけ、部屋の中に入った。しゃがんだ姿勢で重いザックを肩から外し、床に置いた。老人はドアの外からその様子を眺めていたが、笑顔を浮かべて去っていった。
TTはザックをマクラにして、板敷きの狭い部屋にドサッと横になった。 さすがに疲労していたらしく、すぐに眠ってしまった。

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ハッと目を覚まして上体を起こしたとき、開いたままのドアの外はすでに夕暮れの朱に染まっていた。TTはドアから外に出た。痛んだ肩をさすり、両腕を伸ばして深呼吸した。部屋の中央に置いたザックをチラッと見て「たぶん大丈夫だろう」と見当をつけ、ザックから一眼レフだけを出して部屋の隅に立てかけた。ドアに鍵はなかったが、「ここは教会だ」という安心感があった。

ドアを閉めるとホテルに荷物を預けたようにサッパリと身軽な気分になった。夕暮れ迫るルーマニアの城塞教会。……「うん、悪くない」と期待しつつ歩き出した。教会の中をあちこち歩き、塔にも登ってみた。「なるほどここなら周囲が一望だな」と思われる場所だった。パン屋も見える。

衝撃が走った。パン屋には明かりが灯っていた。まるでロウソクのような小さな明かりだったが、それは間違いなく明かりだった。

……………………………………   【 つづく 】

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