【 生物学魔談 】魔のウィルス(5)

【 朝令暮改 】

未曾有のウィルス国難。日本政府の国策が揺れている。
4月7日(火)、緊急事態宣言。しかしその「7都府県」に入っていなかった愛知県知事は案の定というか不満をあらわにし、自らの判断で緊急事態宣言を出した。岐阜県がこれに続いた。そして昨夜、4月16日(木)午後8時30分、日本政府は緊急事態宣言の全国拡大を決定した。

これを受けた全国の知事の反応も様々だった。奈良県知事は「日本の緊急事態宣言は、イタリアやニューヨークと全く違い、移動制限があるわけではない。どういう意味があるのかなと思う」と述べて「やれやれ」といった表情だった。また「収入減世帯に30万円」は党内外(特に公明党)からの批判を浴びて一転し、「国民に10万円一律給付」の方向を打ち出した。

「朝令暮改」という批判が野党から出たが、多くの国民も似たような不信感を抱いたかもしれない。自分たちの生活もそうだが、「この国は本当に大丈夫なのか?」といった極めて国難らしい「リアルで切迫した危機感」を初めて有した日本人も多いのではないだろうか。

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【 一帯一路でイタリアを襲ったウィルス 】

さて本題。
話はざっと1年前、2019年3月にさかのぼる。3月23日、イタリアは中国と「一帯一路構想に関する覚書」を締結した。
「イタリアにとっては万々歳、これでもう景気回復対策は軌道に乗った、てな感じだったね。放浪のダ・ヴィンチにやっと別の国の王からお声がかかった、これでもうパトロンの心配はなし、みたいな気分。国をあげて中国ウェルカム」
フィレンツェ在住の友人はそう言った。
「……ぼくは異邦人なんでイタリアの人々の気分というかそういうのは〈なんとなく〉察知するレベルなんだけど、それでも連日の報道とか新聞とかでイタリア全土の盛り上がりはよくわかった。すべての道はローマに通ず。これは今じゃ色んな意味で使われるけど、元々の意味はやはりかつてのローマの繁栄を示しているわけで、ヨーロッパEUの中でもいち早く中国とがっちり提携してかつての栄光を取り戻したい、みたいな機運があったように思う」

しかし放浪のダ・ヴィンチを庇護するはずの王国は、とんでもない爆弾を抱えていた。

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我々はメッセンジャーを利用して対話していた。時差もあり、それぞれの仕事もあったので、メッセージのキャッチボールは「まあそのうちに返事がきたら」というのんびりしたものだったが、イタリア発の現地状況メッセージは興味深い内容だった。

当時、つまり習国家主席がローマに来てイタリアのコンテ首相と会談し「一帯一路構想に関する覚書」を締結した2019年3月、イタリアは「これで中国からの投資はさらに増える」と期待した。事実、2015年までは「中国からイタリアへの投資額」は1億ドル前後だったが、2016年にはその額は6億ドルに跳ね上がっている。イタリアでは政府も企業もさらに期待が高まった。実際、上記覚書の締結により、中国の企業や金融機関がどっとイタリアに入ってきた。
「なにしろACミラン(プロサッカークラブ)からセレブ御用達のヨットメーカーまで、中国はガンガン投資してきた。イタリア国民にとってじつにいい気分だった」

そして今年の1月。波乱の幕開けは中国の旧正月から始まった。この時期、中国人は一斉に「春節休み」をとる。
「つまりその時期に中国人がどっとイタリア観光に来たと?」
「これから先、いったいイタリアはどうなっていくのか……と思うほど街は中国人で溢れた」

これは日本でも同じような光景をいたるところの観光地や繁華街で見かけてきたので容易に想像できる。京都の新京極には昼でも一人でもうまいビールが飲めるキリンシティという罪な店がある。2年ほど前に久々で入った。この店は「アーケード街の半地下」という立地条件が幸いしてというか、昼間でも薄暗く物静かな風情がありそれを期待して階段を降りたのだが、店内に一歩足を踏み入れた途端に驚いた。まるで中華街のレストランのような喧騒。声高に盛大に飛び交う北京語。苦い思いで回れ右。再び階段を上った記憶がある。

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「春節が感染爆発のきっかけか。たちまち医療現場が混乱することになった?」
「まあそうなんだけどね」と友人は言った。「その他の潜在的な要因もある。世界一の高齢化国は日本だろ?」
「あっ、イタリアもかなりの高齢化国なのか」
「かなりどころか、世界第2位だよ」
「うーむ。世界第2位がイタリアだとは知らなかったな」
「だからね、イタリアが悲惨な事態に突入した時に、僕は〈日本はいまのイタリアをよく見ているか〉と何度も思ったよ」

しかし彼がイライラするほどに、日本の反応は薄かった。
彼はその時期、朝日や読売の海外版(紙の新聞)がなくなってしまったことを何度もくやしく思ったそうである。しかたなく電子版に目を通して日本の反応なり日本国内の状況を知ろうとしたが……
「やはり世代なのかねえ。どうもこう、電子版というのは読みづらい。読みたい記事をぱっと探せない。なじめない。なんかイライラする」
「まあ新聞を愛する多くの人は同意見だろうね」
「……で、その時期に思ったのだが、やはり日本はヨーロッパでの事件はいまひとつピンと来ないんじゃないか」
「そりゃしかたがないよ」と私は笑った。「イタリアだってそうだろが。日本のことをどの程度知ってる?……中国のむこうのちっぽけな島国、程度の認識だろ?」
「そりゃそうだ」と彼も笑った。

ヨーロッパEU諸国の敏感な反応に比べ、日本政府はなにをしているのか、どうしてなにか手をうたないのか、そうした報道がなにもないのはなぜか……そうしたイライラが日々募っていったという。
「まあ君たちは地続きで国がくっついているからね。ヨーロッパなんて国どおしが飛沫感染距離でくっついてるみたいなものだよな。そりゃ神経質にもなるわな」
「それ、じつは大きいよね。サーズの時も日本は免れた。これはもう奇跡的と言っていい。日本はサーズ(2002)もマーズ(2012)も〈海の向こうの外国の伝染病〉なんて感じで自分たちに経験がないことが、今回の対応不足になってしまったのかも。これからはそうはいかないけどね」

……………………………………    【 つづく 】

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