【 魔のウィルス 】22

【 アンガマ声 】

わざわざ島に渡り、ミイラ8000体が安置されている地下墓地に、ひとりで行く。どのような悩みが、どのような決意が、そんな行動を起こさせるのだろう。日本にそんな場所はないが、位置関係で言えば、沖縄に渡って特殊な墓地に行くようなものだろうか。あれこれ想像してみるのだが、やはりわからない。「ミイラを見に行く」というよりは「ミイラに会いにいく」という気分なのだろう。会って、なにを話すのか。それで悩みは解消されるのか。

「いま沖縄に渡るのはまずいけどね」
「まったくだ。夏の沖縄と言えば、真っ白の砂浜、透き通ったエメラルドグリーンの海。この夏の沖縄は本当に気の毒だ」

沖縄と言えば、ふと思い出した話がある。石垣島出身の女性から聞いた話だ。
お盆(旧盆)の時期、石垣島では「アンガマ」と呼ばれる奇妙な風習が披露される。木彫の面をつけたウシュマイ(オジイ)とンミ(オバア)が数人の(覆面姿の)お供を連れて、太鼓やら三線やらで賑やかに踊りながら家々を回る。家に入ったら、オジイとオバアは方言で一種の「かけあい」をし、奇妙な声で見物客ともやりとりし、その場は笑いでつつまれる。方言を知らない観光客にはさっぱりそのやりとりはわからないかもしれない。しかし一種独特のそのムードは石垣島ならではのものであり、客はみな喜んで帰るという。

「なんじゃそれは。えらい明るいお盆だな」
「もうひとつ面白い話がある。この時のオジイとオバアは、裏声しか出さない」
「裏声?……変な声で見物人を笑わせるのか?」
「それもあるかもしれんが……オジイとオバアは〈あの世からの使者〉という役回りなんだよね。つまり裏声は死者の声なんだな。生者が笑いで死者を供養するというよりも、死者がこっちに戻ってきて笑いを提供する。そんな感じらしい」
「えらいサービス精神の高い死者だな。死んでも戻ってきて笑い話をしてくれるのか?」
「まあお盆のときぐらい、生きてる人間と一緒に大いに楽しみたい、てな感じだろうね」
「死者の声は甲高いのか?」
「そう。アンガマ声(アンガマごえ)というらしい」
「そう言えば、BBも似たような話をしてたな」

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【 ネクロポリス 】

BBによれば、死者の声は、うんと高いオクターブの声が、かすかにこだまするように聞こえてくるという。
「こっちはシリアスで怖い話だな。それは彼女に向かってなにか叫んでるのか?」
「いや、そうじゃない。もう本当にかすかで、気分を静めて、集中して聞こうとしないとダメらしい」
「勘違いじゃないのか。風の音だったとか」
「人の名前を呼んでたらしい。物音じゃない」
「パレルモじゃどうなんだ?……地下墓地でそういうのは聞こえてくるのか?」
「いや、たぶんそういうのは期待してない。とにかくあそこは独特の場所でね。一種のパワースポットだね」
「ミイラしかいないのにパワースポットだというのか。まるでドライフラワーから香りをもらうような話だな。いったいどこから来るパワーなんだ?」
「それはわからん。彼女しかわからんだろうな。ただ死者と交流してパワーをもらうという発想は、こっちじゃ珍しくない」

その一例がイタリアに残るネクロポリスらしい。
ネクロポリス(死者の都/ギリシア語)とはなにか。かつてイタリア半島の真ん中あたりに、エトルリア人と呼ばれる先住民族が住んでいた。周囲のヨーロッパ語族とは全く異なるエトルリア語を話したという。しかしこの民族は次第に古代ローマ人と同化し、ついに消滅した。エトルリア人には奇妙な風習があり、現実の町と同じ規模で「死者の町」を造った。

「死者の町!……お化け屋敷だけで町にしたような話だな」
「生きた人間を怖がらせるために造ったんじゃない」
「だろうね。……しかしさすがはイタリアだな。日本にはない奇怪なものの宝庫だな。変人が住みたがるわけだ」
「やかましい。ここは石垣島とちょっと似てる。エトルリア人はここで死者と宴会を開いて楽しんだらしい」
「ははあ、死者と語るためか。その目的で街まで造ったというのか。面白いねぇ」

……………………………………    【 つづく 】

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