【 台湾魔談 】(1)

【 921集集大震 】

このところ世間の新型コロナウィルス騒ぎをよそに、岐阜の山村では誠に穏やかな秋晴れが続いている。この季節特有の透明度が高い青空を見上げ、雲の片鱗がゆったりと移動してゆくさまを眺めていると、まざまざと思い出す出来事がある。

かれこれ21年前。私は「921集集大震」の直後に台湾に急行した。「921集集大震」とは現地の新聞で何度も目にした地震名である。悔しさ、焦り、悲しみ……何度も台湾の秋空を睨んで涙ぐんだ。今回はこの特異な体験を語りたい。

【 墓場の北野 】

1999年9月21日。午後11時。
私は友人と開催するグループ展に出品する絵画制作に没頭していた。埼玉県東松山市にある貸家が私のアトリエだった。貸家に隣接する墓場からはしきりにコオロギの声が響いてきた。私はコオロギの声が好きなので、墓場方向の窓には特に手を加えて大きめの網戸にしていた。

その貸家については、2016年9月2日から3回にわたって書いた魔談「魔の貸家」で語っている。借りようとした時点で「えっ、この貸家を見たい?……うーん、ここはちょっと変わった貸家でしてねぇ」と不動産屋が一瞬ためらうような物件だった。「なんかワケアリか」と期待したのだがそうではなく、墓地の脇にポツンと立っている小さな平屋で、まあどう好意的に見ても不便というか、淋しいというか、不気味というか……そういう物件だった。「なんだそんなことか」とむしろ興味をもって見に行った。「夜も見たい」と思ったので、その夜は近くのビジネスホテルに一泊して、真夜中にも見に行った。予想以上に不気味で良いところだった。大いに気に入り、即決で借りることにした。

「北野が妙な物件を借りたらしい」というので、興味本位に見にきた友人がいた。「せっかくだから夜に来い」と伝えた。彼は夜の墓場を眺めて笑い、ついで私の書棚に並んでいた「墓場の鬼太郎」を見て笑った。「ここは墓場の北野だな」と言った。アニメで有名な「ゲゲゲの鬼太郎」は、じつは漫画原作では「墓場の鬼太郎」なのだ。

【 SOSメール 】

日付はいつのまにか9月21日から22日になっていた。時計を見ると、午前1時に近かった。シャワーを浴びて寝ようと思った。仕事部屋を出ていこうとしたがふと思いつき、シャワーの前にメールの確認だけをしておこうと思った。Macを起動してメールを確認すると、1件だけ入っていた。
「……SOS?」
メールのタイトルを見ても苦笑気分だった。だれか友人の冗談だろうと思った。
そうではなかった。一読して青くなった。台中に住む友人AK(日本人)から発信されたメールだった。

大地震でAKの住む4階建てのアパートは1階と2階が倒壊した。2階に住んでいたAKの部屋は3部屋ともペシャンコになった。AKは右足を骨折した。同棲している台湾人女性は全身打撲で意識がなく、ひとり娘(彼は子連れの女性と同棲していた)も近くの病院にかつぎこまれた。
「このメールは仕事仲間に頼んで発信してもらいます」とメール文は結ばれていた。
「一瞬にして全財産を失ってしまった。台湾には親戚もなく、友人も少ない。誠に心細いことになった。頼みの綱は日本に住む友人しかない。なにか援助を頼むことがあるかもしれない。そのときはどうか助けてほしい」
すぐに返信を送った。
「メールを確認した。言葉もない。どんなことでもいとわない。なんでも相談してほしい。それにしても君はいまどこの病院にいるのか。なにをしてほしいのか。メールでも電話でもテレパシーでもいい。すぐに知らせてほしい」

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【 出国手配 】

じりじりして返事を待った。

午前3時。AKからの電子メールが着ていないかどうか確認した。5時。再度確認した。どうにもイライラしてきたのを止めようがなかった。1時間ほど瞑目してAKの家族の無事を祈った。東の空が次第に明るくなった。幾重にも霧のベールが重なった地平線が朱に染まってゆく様子を睨みながら、腹の底で決意した。これはもう行くしかない。友人が海の向こうから至急の助けを求めている。最大の援助はなにか。それは行くことだ。

8時。メールなし。10時。いつもより苦く感じるコーヒーをすすりながら、旅行代理店に電話した。友人Nが出勤してくる時間だ。さいわいNはすぐにつかまった。用件を伝えると、Nはあきれた声を発した。
「むちゃだ。大至急?……そりゃ無理だ。まあ待て。ちょっと頭を冷やせよ。向こうじゃ大混乱だ。空港に着いたって、そこから台北にちゃんと行けるのかどうかわからない。それにいまデカイ台風が沖縄の南にがんばってる。もう4、5日待てよ。そしたら現場の状況を確かめて飛行機もホテルもなんとかしてやるからさ」

「現場の状況は自分の目で確かめる」と私は言った。ホテルも自分で探す。とにかく往復の飛行機だけを確保してほしい。明日でも明後日でもいい。でも絶対に明日か明後日だ。それが無理ならほかを当たる。

Nはやむなく承知した。受話器を置いてため息をつき、メールを確認した。「1件」と表示された文字を見て思わず心臓がはねあがった。ところが急いで開いてみると避妊具通販の勧誘だった。「地獄へ落ちろ」とでも毒づきたい心境だった。

ヤフーを開いて「台湾」で検索してみた。なにか現地の情報を得ることができるかもしれない。検索は妙に手間どった。一分ほど待たされたあげく出てきたメッセージはそっけないものだった。 「ただいまキーワード検索には多大な要求が寄せられ、結果を表示できません。この状況を改善すべく、現在鋭意作業中です」

……………………………………    【 つづく 】

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