【 台湾魔談 】(2)

【 再 会 】

前述した友人、旅行代理店に勤めていたNとは昨年の秋、久々で再会した。なにかがきっかけで(そのきっかけについては彼は触れなかった)ふと「アイツ、いま、どこでなにをしているのか」と興味を持ったらしい。Facebookで検索し、ヒットし、私にメッセンジャーを送ってきた。「岐阜駅まで行くから会えないか」ということになり、我々は昼下がりの岐阜駅スターバックスで待ち合わせをした。

17年ぶりの再会だった。待ち合わせの時刻より15分ほど前に私がスタバに入って行くと、すでにソファーに座っていた彼が軽く右手を上げて合図してきた。一見して驚いた。私の記憶では長身でスマートな男だったが、じつに見事に太った(伊集院光を連想させる)大男になっていた。私の方から彼を見つけて声をかけることは、まずできなっただろう。

私はカウンターでラテをオーダーし、彼の正面に座った。彼はマックブック・エアーをパタンと閉じて脇に押しのけた。あれこれと雑談に花が咲いた。Nは4年前に旅行代理店を退職し、しかしまだその会社とはつながっていた。国内ツアーの企画を持ちかけ、採用されたら買ってくれるらしい。

「いまはどこに住んでる?」
「京都」
これにはちょっと驚いた。「生涯独身」の方針と聞いていたが、いまは京都で19歳年下の女性と同棲中らしい。
「ははあ、京都か岐阜の情報でも探りにきたか」と思った。ただ「会いたい」だけで岐阜まで出てくるような男ではない。

その後もしばしばメッセンジャーや電話で雑談をするようになった。京都もそうだが、彼が知りたいのは岐阜情報だった。数年前から岐阜に目をつけていたらしいのだが、「コロナと麒麟」で今年は見送ったという。しかし来年は岐阜を大いに開拓したいらしい。私の方は「ちょうどいい機会だ」と思ったので「魔談」の話をし、「台湾に行った時の話を書こうと思う」と伝えた。「もう21年前のことだ。なんでも好きなように書いたらいい」と言いつつ、彼は要望を出した。

「出国と帰国の日付は書かないでほしい」
「どうして?」と反射的に聞きそうになったが、とどまった。なんとなく「ははあ」と察知した。私の無理な出国希望のために、なにか操作したのだろう。21年前のこととはいえ、まだつながっている会社だ。書かれてしまっては少々困るのだろう。
「わかった」
私は了解した。

「ひとつ聞きたいのだけどね」と私は言った。「……なんで〈N〉なんだ。イニシャルにもNはない。なんか理由があるのか?」
彼は笑った。「N」を左下からぐいぐいと一筆書きする時、「前進して、斜めに後退し、再び前進する」、それが気に入っているという。私は納得した。

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【 飛行機手配 】

さて話を21年前に戻す。

テレビのスイッチを入れて台風の予定進路を睨んだ。「フラフラだな。酒でも飲んできたのか」と毒づきたくなるような千鳥足台風だった。……とはいえ希望がわいてきた。台風は徐々に予定進路を外れつつあった。
「ラッキーだ。これは行けるぞ!」
喜んだときに、電話が鳴って飛び上がった。Nからだった。

「羽田から飛んでいけ」とNは言った。意外だった。成田だとばかり思っていた。
「羽田に国際線があるとは知らなかったな」
「まあね」Nは笑った。「……台湾は、日本とはちょっと微妙な関係の国だからさ。なにかと言うと、お隣の中国がうるさい。なので羽田からも出てる。それに成田よか羽田の方が近くていい」

Nからの電話を切ると、仕事でつきあっている会社に電話をかけた。 「私事で申しわけないのですが、親戚に災難がありました。5日間ほど日本を離れます」
台湾に何日間滞在することになるのか、全く予想できない。とりあえず5日間。そう決めた。3日間では短すぎる。4日間でも無理かもしれない。そんな気がした。そんなわけで5日間に決めた。

私にとってラッキーだったのは、その時期はたまたま講師の仕事がオフだったことだ。専門学校で講師をしていたので、月・水・金の午後6時から9時までは、どうしても教壇に立っていなければならない。しかし9月中旬から10月上旬まではオフだった。4月生の半年間コースが終了し、10月生の講義開始は10月上旬からだった。

羽田の離陸予定時刻を聞いて驚いた。
「7時50分!……こりゃ家を出るのはほとんど始発だな」
「その方がいい。朝のラッシュにもまれて行きたいか?」

そのとおりだった。御礼を述べて受話器を置いた。Nには「5日間の滞在」と伝え、飛行機手配のみを頼んでいた。飛行機代金は、往復で¥53000だった。
「5日間でカタがつくのか」という不安はもちろんあった。カタがつくどころか、空港から台北に行けるのかどうかさえわからない。目的地は台中なので台中空港に降りたかったが、空港自体が閉鎖されているのでどうしようもない。

「すまんが至急で入金してくれ」ということだった。なにか理由があるのだろう。すぐに自転車をひきだして駅前まで走った。入金を済ませ、銀行から出てきてふと立ち止まった。透きとおるようにきれいな青空だった。
「さて」と自分に声をかけた。往復の飛行機は確保した。現地に飛ぶ準備をしなければならない。視界を地上に戻したときに、喫茶店の看板が目に入った。熱いコーヒーの助けが切実に必要だった。

席について「ホットコーヒーを」とオーダーし、背筋を伸ばして瞑目した。瞑目したい気分だったが、居眠りしていると思われるのは嫌だった。
ガチャッと音がして「ハッ」と驚くように目を開け、目の前にバターサンドとサラダ小鉢が置かれたのを見て驚いた。次の瞬間に「そうかモーニングか」と気がつき、「……ああ動揺してる。情けないヤツ」と苦笑した。

……………………………………    【 つづく 】

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