【 台湾魔談 】(5)

【 牛 排 】

異国にいると、母国のことを思う。「なんでこの国の人はこうなのか」と思うのは、ほとんど無意識に日本人と比較しているからだ。こうした疑問や想像は、母国ではまずない。海外旅行でしか味わえない貴重な体験だ。

ツアーで外国旅行するのも楽でいいが、異国にいても日本人どおしでしか会話せず、安全安心を保証されながら数分単位であちこち移動するようなツアーでは、異国にきた緊張感を味わっているヒマがない。やはり異国旅行の醍醐味は、自由に贅沢にフリータイムを使い、単身であちこち歩き回り、存分に想像することだと思う。

台湾は漢字の国である。「ひらがな」も「カタカナ」もない。街を歩いてそこら中に盛大に掲げられた看板を見るにつけ、「ああ、ここは漢字の国なんだなぁ」と改めて思う。さっぱりわからない漢字もあるが、なんとなくわかる漢字もある。つまり「さっぱりわからない店」もあるが、「なんとなくわかる店」もある。母国ではほとんど活躍の場がない「漢字洞察力」を総動員して想像することになる。

たとえば「牛排」という看板をよく見かける。店にも屋台にも「牛排」看板がある。「排」という漢字には「排除する」とか「おしのける」という意味しか思いつかない。しかし笑顔の牛キャラが文字の下にあったりするので、まさか「牛を排除した飲食店」→「牛さまお断りの店」とは思えない。むしろ逆で、「たぶん牛肉を食わせる店だな」となんとなく察しがつく。しかし牛丼なのかなんなのか、よくわからない。

そこで勇気を出して入ってみて、メニューの写真を見て「なんだ、ステーキのことか」とわかる。しかし私のような貧乏人は、そのようにして入った店が日本のステーキ専門店だったら顔面蒼白、とはいかないまでも、かなりの高額を覚悟しなければならない。しかしここは台湾である。大阪なんかよりも安くて美味しい料理が山ほどある。¥2000のステーキだって、ここでは¥500程度で食える。なので心安らかにメニューを眺めることができる。

大抵のメニューには写真がついている。そこで「まさかとは思うが、ステーキの上にパイナップルが乗っておらんだろうな」などと疑いながら点検する。「台湾でカレーをオーダーしたら、ルーの上にパイナップルのカットが並んでた」なんて話を聞いたことがあるからだ。

「まあこのあたりで」と適当に選んで出てきた「なんとか牛排」は鉄板の上に「焼きそば」ならぬ「焼ききしめん」が豪快に敷いてあり、その上にステーキがドーンと乗っかり、さらにすぐ脇のキャベツの上には目玉焼きまで乗っていた。これで小さな国旗でも立っていたら、「お子様ランチ仕様満腹豪華版ステーキ」だ。

ところが象牙色のプラスチック箸でステーキを食べながら机上のメニューを改めてしげしげと見ると、「松坂豚」なんてのがある。「松坂牛」でも「本当にそうか」と疑うところだが、「松坂豚」なんて聞いたこともない。「パクリのつもりがまちがったか、それともジョークでこういう名前を作ったか」と苦笑したのだが、後になって(台湾在住の友人から聞いて)判明した。これは日本の「松坂」とはなんの関係もない。「豚の下あご部分」という意味らしい。豚の高級な部位なんだそうである。疑ってばかりというのもよろしくない。

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【 台 北 駅 】

さて台北駅。
この駅は四角く平たい構造で、オレンジ色の屋根がある。外観は巨大な平屋建築のように見える。「駅」というよりは、壮麗な仏教寺院のようだ。
夕暮れが迫っていたせいか、様々な食の香りが駅の周囲に漂っている。外の日光があまりにも強烈なせいか、広い駅の構内に入った瞬間は「えっ?」と意外に思うほどに薄暗く感じる。「やれやれ着いた」と構内の隅にザックを下ろし、床に座りこんだ。

巨大なホールの床には、白黒の正方形に石がはめこまれている。巨大なチェス盤のようだ。おかしいことに、一辺2メートルほどの白黒エリアのあちこちに人が座りこんでいる。なんとホールの真ん中ほどで、4人で座りこんで、なにかを食ってる一家もいる。通行人がすぐ脇を通過しようが、見られようが、全くお構いなしだ。まさかそんな人々のために床をチェス盤デザインにしたとは思えないが、「日本じゃありえない光景だな」と思いつつ、不思議に嫌悪感はない。「眉をひそめる」というか、そうした気分にはならない。

シャンツァイの強烈な香りが、ツンと鼻の奥を刺激するように漂ってきた。見ると、構内の一角でも盛大に食べている。この国の人は、とにかくそこらじゅうでなんか食ってる。どの方向を見てもなんか食ってる。

シャンツァイは「香菜」と書く。台湾の民衆はよほどこの葉っぱの香りがお好きなようだ。ラーメンの上にドサッと乗せて食べているのを見かけたこともある。「強烈な香りだなぁ。なんでこんなものが……」というのが正直な感想で、どう考えても日本人好みの香りではない。ここは友人(台湾在住の日本人)の表現を採用しておこう。私の表現ではない(笑)。
「シャンツァイ?……ああ、カメムシの匂いがする葉っぱだろ」

台北駅に行きさえすれば、なんとか台中に行けるだろうと思っていた。日本でいえば博多から阿蘇に向かうようなものである。台湾は九州程度の島でしかない。
15分ほど休憩して「さて」と立ち上がり、1時間ほど並んで切符を買った。
自強号。台湾最速の電車である。電車のルックスは新宿発松本行きの「あずさ」にちょっと似ている。

……………………………………    【 つづく 】

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