【 魔の塔 】(6)魔女の塔

【 監禁の塔 】

古来より「姫を塔に閉じこめる」という事例は、世界中にいくつか散らばっているのかもしれない。なにしろ塔のペントハウスに閉じこめてしまえば、脱走がむずかしい。しかも警護がしやすい。頂上に見張りを配置すれば、外敵も発見しやすく攻撃も有利だ。……などなど「塔」という建物のメリットは「監禁」にはもってこいである。
「姫のトイレはどうする?」という余計な心配がいま脳裏をよぎったのだが、そこはそれ、なにしろ姫なので、お付きの者がどうにかするのだろう。

……などと言いつつ思わず邪推が働いてしまうのだが、スペインとかフランスの城やら塔やらでは、「銃眼」と呼ばれる小さな窓がある。そこから弓や銃を使って敵を攻撃するのだが、その脇になぜか床に開いた小さな「窓」ならぬ「穴」があったりする。大抵の観光客はしげしげとそれを見て思わず「ははあ」と思うのではないだろうか。
じつにそのとおりで、これはシンプルこの上ないトイレなんである。水洗ならぬ「空洗トイレ」というべきか。
「姫がそんなコトするか」と思う人がいるかもしれないが、それは現代における「ディズニーアニメ的姫」であって、昔の姫はもっと大胆だったかもしれない。なにも知らずに壁をよじ登ってきた泥棒こそ災難というものである。おそらく「クソーッ」とわめいたことだろう。

しかし(これまた古来から)綺麗な歌声を聞いてしまった男は「どんな女だ?」と見に行こうとするものである。こうして帆船から海を見下ろした船員はセイレーンにつかまって海に引きずりこまれ、塔をよじ登った泥棒は魔女から痛い目に合わされる。

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【 ラプンツェル 】

話を戻そう。
前回の「ブラナの塔」では、自分の娘を守るために塔に閉じこめた王の悲劇が「塔の伝説」として語り継がれてきた。このテの話はじつはディズニーアニメにもある。

塔の上のラプンツェル(2010年/ディズニーアニメ映画)

御存知だろうか。コロナコロナのステイホームですっかり腐っているあなた、1年や2年で腐っていてはいけない。なにしろここに登場のラプンツェル姫は18年間も塔に閉じこめられてきたのだ。しかもその物語の場所は「コロナ王国」。偶然とはいえ、なんともできすぎた話だ。

この物語でラプンツェルを塔に閉じ込めたのは誰か。魔女である。魔女の目的はなにか。なんと「姫の髪」なのだ。
なんで髪ごときにそれほど執着するのか。少々ややこしいバックストーリーがあるのだが、簡単に言ってしまえば「ラプンツェルの髪には不老不死の力が宿っている」ということなのだ。古来より「不老不死のなんとか」と聞けば、それを手に入れようと躍起になるのは時の権力者か、大金持ちか、魔女である。

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具体的な物語はこのディズニーアニメをゆっくりと観ていただくとして、じつは姫の名前の「ラプンツェル」とは、栄養価の高い「葉野菜」の名前である。なんで野菜の名前が姫の名前になるのか。このディズニーアニメには原作がある。グリム童話「ラプンツェル」である。

さてグリム童話「ラプンツェル」。
この冒頭に登場する農家の妻は妊娠中で、隣家の庭に生えているラプンツェルが食べたくてしようがない。そこまでこの葉野菜に執着する理由がいまひとつよくわからんのだが、とにかく食べたくてしようがない。ついには「ラプンツェルを食べないと死んでしまう」とまで夫に訴え始める。

夫はさぞかし呆れただろうと思うが、そこはやはりグリム童話登場の農夫だけのことはあり、ついにラプンツェルを盗むために隣家に侵入する。なんでいきなり「侵入」なのかそこのところもいまひとつよくわからんのだが、とにかく侵入する。ところがその隣家とは、魔女の家だった。魔女は盗みを知り、「好きなだけラプンツェルを持っていけ。その代わり、生まれてきた子はいただこう」ということになってしまうのだ。

かくして生まれてきた女の子は魔女に連れ去られ、塔に閉じ込められて成長する。なんで魔女ごときがいきなり塔を建造することができたのかいまひとつよくわからんのだが、とにかく魔女はその女の子にラプンツェルと名前をつけ、塔に監禁して育てる。そのうちにラプンツェルの髪はどんどん長くなり……という物語だ。

面白いことにグリム童話では、ラプンツェルはこのように農家の娘である。「もっとドラマチックな話にしたい!」ということだろうか。ディズニーアニメでは最初から王女にしてしまった。グリム童話では「塔に閉じこめられた娘」の存在を知って会いに来るのが王子だが、ディズニーアニメではなんと泥棒である。

【 ラプンツェル 】農家の娘(グリム童話)→ 王女(ディズニーアニメ)
【 会いに来る男 】 王子 (グリム童話)→ 泥棒(ディズニーアニメ)

ということで、「王族/庶民」逆転というか、面白い設定変更だ。大学や専門学校の「児童文学」教室で、「大胆な設定変更の好例」として取り上げてもいいぐらいだ。ディズニーアニメ「塔の上のラプンツェル」を観る前に、あるいは観た後で、ぜひともグリム童話「ラプンツェル」を読んでいただきたい。

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(余談)

このディズニーアニメ、日本公開時(2011年)の邦題は「塔の上のラプンツェル」である。
じつに明快なタイトルだ。ジブリアニメ「借りぐらしのアリエッティ」(2010年)タイトルの影響でも受けたんかね、と思うほどに明快なタイトルだ。

一方、ディズニーアニメの原題は「Tangled/タングルド」。
原題はてっきり「Rapunzel/ラプンツェル」だろうと思っていたら「タングルド」?

「タングルド」とはなにか。「もつれる/混乱する」という意味である。
三角関係や不倫の映画じゃあるまいし、なんでまたこんな重い言葉をわざわざタイトルにしたのだろう。調べてみてもよくわからんのだが、どうもこれは「ディズニー社の生真面目さが裏目に出た?」といった感じである。

「タングルド」よりひとつ前のディズニーアニメは「プリンセスと魔法のキス」(The Princess and the Frog/2009年)なのだが、
「プリンセスに魅力が集中しすぎ」→「これでは少女は喜んでも少年はついてこない」
といった(いかにも)ディズニー社的内省があったらしい。

「そういう話なんだし、それでええやん」ということにはならないのだろう。その結果、たぶん(内省的で真面目な議論を尽くしたあげく)「ラプンツェル」ではこういう、なんだかよくわからん重いタイトルになってしまったような感じだ。
なんだかねえ。ただの「ラプンツェル」の方がよっぽどええやん。

………………………………… * 魔女の塔・完 *

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