エドガー・アラン・ポー【アッシャー家の崩壊】(9)

【 マデリンの死 】

ある晩、とつぜん彼はマデリン嬢の死んでしまったことを告げてから、彼女の亡骸を二週間(最後の埋葬をするまで)この建物の礎壁のなかにたくさんある窖の一つに納めておきたいという意向を述べた。しかし、この奇妙な処置についての実際的な理由は、私などが無遠慮に口出しするかぎりでなかった。兄としてこのような決心をするようになったのは(彼が私に語ったところでは)、死者の病気の性質が普通のものではないことや、彼女の医師の側の差し出がましい熱心な詮索や、一家の埋葬地が遠い野ざらしの場所にあることなどを、考えたからであった。(原作)

ありゃー、広い部屋の遠くの方をスッと横切って消えたかと思ったら、もう死んじゃったのか。なんとまあ影の薄い。これじゃなんにも印象が残らない。いったいなんのためにこの話に出てきたのか。……と多くの読者はここで思うのだろう。そう思わせておいて……というのがポーの手腕なのかもしれないが、ともあれ、ここでマデリンは一巻の終わりとなる。

ところで原作にある「窖」とはなにか。あなたは読めましたか?
私はさっぱりわからなかった。「なんだこれは?」レベルだった。「窖」または「窖室」と書いて「あなぐら」と読むようだ。石造りの古い屋敷、その薄暗く迷路のように延々と続く廊下に沿って「窖」はいたるところにあるのだろう。

それにしても棺桶に収めるのは当然として、それを2週間も「窖」に置いておく?
これはいったいどういう理由なんだろう。なぜ2週間なんだろう。語り手が「無遠慮に口出しするかぎりでなかった」と言っている以上、我々はその理由を知ることができない。……とはいえ、なんとなく見当はつく。

ポーの時代においては「死んだ」と医師に判定されて、誰が見ても死んじゃったとしか思えなくて、いよいよ埋葬という時になっていきなり生き返った!なんて「御婦人方卒倒もの」の事件がたびたびあったらしい。
なんの本で読んだのかもう忘れてしまったが、ポーはそうした事件に常々興味を持っており、現地に飛んで調査することがしばしばだった、という話を聞いたことがある。

アッシャーの頼みで、私はこの仮埋葬の支度を手伝った。遺骸を棺に納めてから、私たちは二人きりでそれをその安置所へ運んで行った。(原作)

それは明らかに遠い昔の封建時代には地下牢というもっとも悪い目的に用いられ、のちには火薬またはその他なにか高度の可燃物の貯蔵所として使用されていたものであった。(原作)

ところであのルーブル美術館にも地下には広大な回廊があり、地下牢があり、かつてルーヴル宮が(外敵侵入を防護するための)要塞であった頃(1200年頃)の拷問道具などが陳列されているのをご存知だろうか。多くのツアーでは時間に制限があることでもあり、コンダクターは(気分が悪くなる御婦人が出ては困るので)そんなものは絶対に見せない。

ルーブルは個人で行くに限る。2日でも3日でも通いつめて、ぜひ地下も探索していただきたい。地下に降りるとルーブルの雰囲気は一変する。そこは「裏のルーブル」なのだ。

【 双子 】

さて死んでしまったマデリン。

この恐ろしい場所の架台の上に悲しい荷を置いてから、二人はまだ螺釘をとめてない棺の蓋を細目にあけて、なかなる人の顔をのぞいてみた。兄と妹との驚くほど似ていることが、そのとき初めて私の注意をひいた。するとアッシャーは私の心を悟ったらしく、妹と彼とは双生児で、二人のあいだには常にほとんど理解できないような性質の感応があった、というようなことを二言三言呟いた。(原作)

なんとロデリックとマデリンは双子だったのだ。双子にも色々あるようだが、原文にある「二人のあいだには常にほとんど理解できないような性質の感応があった」という話はよく聞く。

大学生時代の話だが、あるとき私はひとりの女性に誘われてお芝居を観に行った。彼女が書いた脚本のお芝居だった。その舞台に出てきた女優を見て、私は自分の目を疑った。思わず隣に着席している女性の存在を確かめたほどだった。御丁寧なことに、二人は全く同じファッションだった。この劇団ではこの双子姉妹を上手に使ったお芝居がいくつかあり、客は一杯食わされて拍手喝采のトリック劇があったようだ。

ポーの作品にも「ウィリアム・ウィルソン」というドッペルゲンガーの主題を扱った小説がある。また村上春樹の「象工場のハッピーエンド」に、「双子町の双子まつり」という奇妙な話がある。やはり双子という存在は、どこか現実から遊離した怪しげな雰囲気を出すものなのだろう。

【 つづく 】


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