エドガー・アラン・ポー【アッシャー家の崩壊】(11)

【 嵐の中の朗読 】

「この窓をしめようじゃないか。空気は冷たくて、君の体には毒だ。ここに君の好きな物語が一冊ある。読んで聞かせてあげよう。そして一緒にこの恐ろしい夜を明かすことにしよう」私の取りあげた古い書物はラーンスロット・キャニング卿の『狂える会合』であったが、それをアッシャーの好きな書物と言ったのは、真面目でというよりも悲しい冗談で言ったのだ。なぜかといえば、この書物のまずい、想像力にとぼしい冗漫さのなかには、たしかに、友の高い知的の想像力にとって興味を持つことのできるものはほとんどなかったからである。(原作)

「アッシャー家の崩壊」ラスト・クライマックスのこの部分を読んでなんとなく想像できるのは、ポーは自作以外の小説や詩を評論する場合、極めて辛辣な言葉を用いてやっつけることが多かったのではないかということだ。「完膚なきまでに」という表現がある。グウの音も出ないほどに徹底的にやっつけるような場合に使われる。魔談の「エドガー・アラン・ポー(5)/ラスト9年間」でもそのことを取り上げている。

グリズウォールドは自分の小説をポーにコテンパンに批評されたらしい。以来、ポーに深い恨みを抱くようになった。どのような手を使ったのかよくわからないが、グリズウォールドはポーの遺著管理人になった。そしてポーの死後、回想録によってポーを誹謗した。「酒と麻薬に溺れた下劣な作家」と書き、ポーの書簡を偽造することまでやったらしい。
(魔談/2023.6.30)

さて語り手はようやく窓を閉め、外の闇を荒れ狂っている嵐の轟音を締め出した。このような状況で眠ることなどできるはずがないということで、ロデリックのために本の朗読を始める。「想像力にとぼしい冗漫さ」と酷評されちゃってる本なのだが、どのような内容の話なのか。

エセルレッドは鎚矛を振り上げ、竜の頭上めがけて打ちおろしければ、竜は彼の前にうち倒れ、毒ある息を吐きあげて、恐ろしくもまた鋭き叫び声をあげたるが、その突き刺すばかりの響きには、さすがのエセルレッドも両手もて耳を塞ぎたるほどにて、かかる恐ろしき声はかつて世に聞きたることもなかりき。(原作)

なんと邪悪なドラゴンが登場するファンタジー物語ですな。それはそうとここに出てくる「鎚矛」。これはなにか。あなたは読めましたか?
これは「つちほこ」と読む。いっときコンピュータゲーム世界を席巻したドラクエ(ドラゴンクエスト)などRPG(ロール・プレイング・ゲーム)にはまり、その世界に登場する数々の武器に精通した人であれば、「メイス/mace」と聞けば「ああ、あれね」とわかるかもしれない。こういう打撃武器である(↓)。


要するに棍棒の先端に相手をぶん殴るトゲトゲ部分がくっついている。野蛮この上ないというか、「中世の武器に野蛮も上品もあるか。要するに相手を倒せばええのだ」という声も聞こえてきそうだが、まあこういう武器である。

さてなんでわざわざ朗読本の内容まで持ち出したのかということだが、このシーン、「アッシャー家の崩壊」ラスト・クライマックスのこのシーンでは、
(1)語り手は(恐怖を紛らせ、ロデリックの異様な興奮を鎮めるために)本の朗読をする。
(2)まるで朗読内容の効果音のような異様な音が(屋敷内から)響いてくる。
この2つが同時進行なのだ。語り手は朗読をしながら異様な音に気がついている。

私はとつぜん言葉を止めた、今度ははげしい驚きを感じながら。……というのは、この瞬間に、低い、明らかに遠くからの、しかし鋭い、長びいた、まったく異様な、叫ぶようなまたは軋るような音……この物語の作者の書きしるした竜の不思議な叫び声として私がすでに空想で思い浮べていたものとまさしくそっくりな物音……を実際に聞いた。(原作)

まさに「音響効果抜群のシーン」である。
(1)外を荒れ狂う嵐の音
(2)嵐に揺さぶられる屋敷のきしみ音
(3)朗読の声

この三重奏に追加して屋敷の中から聞こえてきたのは
(4)叫ぶようなまたは軋るような音

いやはや、まさに恐怖効果抜群の四重奏。さすがはポーというべきか。

【 つづく/次回最終回 】


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