棺桶人形(11)

【 最終評価 】

私の中で葛藤と怒気がせめぎ合っていた。オバサマ先生に対する怒りを抑えることができず、ひとたび口を開いてしまったら、彼女に対する非難がきびしい言葉となってほとばしり出ることは目に見えていた。「我慢しろ!」と心中で叫ぶ声があった。「この件に関わるな。黙殺しろ。相手を考えろ。関わるとエライことになるぞ!」
しかし我慢できなかった。

「最終評価というのは、ウェディングドレスの課題だけではない」と私は言った。「2年間の成績のトータルであるはずです」
ギリギリの限界まで感情を無理矢理に抑えたような気分だったので、その声は低く、微妙に怒気を含んだような声になってしまった。もちろんそれを計算した訳ではない。自分が発した声に改めて気がついて「ああやはりこの声音になってしまった」といった気分だった。オバサマ先生以外のふたりの30代女性講師はハッと怯えた目で私を見た。殺気に近いものを感じたのかもしれない。

「その最終評価がゼロというのはどういうことです」
オバサマ先生は黙っていた。きっと即座になにか反論してくるだろうと思っていたので、ちょっと意外だった。私は2人の職員を見た。
「今までに最終評価ゼロという数字を出した講師はいるのですか?」
2人の職員はいずれも40代の男女だった。たぶん男の方が上司なのだろう。彼が答えた。
「いえ……それはちょっと、聞いたことがありません」
「このような状況で、学校側の判断は、どうなんです?」

彼はいきなりベクトルを向けられて、慌ててしまったようだった。
「さあそれは……この席で決めることはちょっとできないかと」
「ではこれはどうです? 今までに最終評価10という数字を出した講師は?」
「それも……聞いたことがありません」

「ではこういうのはどうです?」
私は自分を止めることができない気分だった。
「もし学校が最終評価ゼロを認めるというのなら、最終評価10も認めていただきましょう」
私はオバサマ先生を見た。というよりも睨みつけた。
「これで一件落着。問題の生徒は卒業です。もう帰っていいですか?」
オバサマ先生は黙っていた。意外だった。
私はさっさと会議室を出た。あとは野となれ山となれ。そういう気分だった。

【 決着 】

以下はその翌日に、職員から聞いた話である。
私が会議室を出た後で、男性職員が、俄然、オバサマ先生に意見をし始めた。やはり「最終評価ゼロ」はまずい。これは学校としても困る。認めることはできないという意見だった。オバサマ先生はあれこれと反論したらしいが、結局、折れた。「最終評価1」に訂正した。

「最終評価1?」
これには笑った。改めて「嫌味な女だな」と思い、同時に「いかにも彼女らしい」と思った。これで私の最終評価は「9」の現状維持となり、また「最終評価ゼロ」の前例も消えた。「まあ学校サイドとしては、これが一番無難な解決方法だよな」と思った。

以後、オバサマ先生は、廊下ですれ違ってもことごとく私を無視した。また私がファッションデザインコースのデッサン講師として不向きだという意見書を学校に出した。職員がその理由を問うと「一部の生徒だけに人気があり、デッサン講師も女性がふさわしい」という回答だった。しかし職員が「その件で生徒にアンケートをとる」と提案すると、さっさと意見書を引き下げた。

その話を職員から聞いた私は、これ幸いに「次年度からはファッションデザインコースのデッサン講義は辞退したい」と申し出た。慌てた職員から「もし適当な講師がいなかった場合は、無理をお願いでやってほしい」と打診があった。結果としては、なんとオバサマ先生がその講義を担当することになった。私は彼女のデッサンなど見たこともなかったが、「それは良かったです」と笑って細かいことは聞かなかった。

このエピソードも、なんだかんだで気がついたら11回目となった。もう数回で完結したい。
結局私が棺桶人形を見たのは、じつは愛美が卒業した後だった。彼女は卒業して学校と縁を切り、私は次年度からファッションデザインコースと縁を切るつもりでいた。彼女とどこで会ってなにをしようと、なんの問題もなかった。

【 つづく 】


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