棺桶人形(12)

【 ある人形の生と死 】

長年にわたり講師という仕事をしてきて、時々「面白いなぁ」とつくづく思ってきたことがある。講師といえども、生徒から色々な影響を受けることだ。それは生徒が制作した作品だけの話ではない。やはりそこは「人間対人間」であり、なおかつ「教える/学ぶ」関係であるので、じつに様々なことに感心したり影響を受けたりする。決して悪いことだとは思わない。むしろそうした「想定外のできごと」こそが講師稼業の味付けかもしれないと思うほどだ。

こうした点につき、他の講師たちの「職場対応」もそれとなく眺めていてなかなか面白い。講師として生徒とつきあうのはあくまでも仕事であって、その一線をかたくなに固辞する講師もいる。つまり講義以外の接点を非常に嫌う。講義終了のチャイムが鳴るとぴたりと口を閉ざし、廊下や休み時間には生徒とは口もききたくないといった態度だ。

生徒との個別面談も拒否した講師がいると聞いてちょっと驚いたことがある。理由は「勤務時間外の放課後にそれをやらされたあげく、そのための報酬が出ないとは何事だ」ということらしい。これには笑った。私のようなアバウトな性格の講師からはまず出てこない抗議だ。私よりも数歳年上のMacデザイン講師なのだが、確かにその主張に筋は通っている。

さて学校側はどういう対応をとるのか。内心で注目していたが、ごくあっさりと「その講師には個別面談は依頼しない」という結論にしたらしい。多少がっかりしたものの、「まあ、そうだろうな」と思った。いまさら報酬を出すというわけにもいかないだろう。そんなことをしたら、全講師に予定外の報酬を出すことになる。

愛美と私との接点はヒヤヒヤの連続だったが、そうした「立場の違いから発生した困惑」を別にすれば、彼女の話はじつに興味深かった。私はもともと人形に対して特段の関心を持っていたわけではなかったが、それまではごく常識的に受け取ってきた「人形愛」の概念を彼女は根底から変えたのだ。それまでは「生きる/死ぬ」という概念を、人形に結びつけて考えたことなどなかった。大方の人は常識的にそんな概念を人形に求めようとはしない。人形はあくまでも永遠であり、その体が滅びない限り生き続けているもの。あなたもそう思っているのではないですか?

愛美は人形師から「人形の体」を買い、それをナギサ(霊媒師)のところに持ちこんだ。ナギサはアンジェラの魂を召喚し、その人形はめでたくアンジェラとなった。召喚された魂により、その人形の名前が確定するという話も初めて聞いた。
しかし気まぐれなアンジェラは「まもなく出ていく」という。人形はナギサの召喚によってアンジェラという「生」を受け、そのアンジェラが出ていくことで「死」となるのだ。しかし人形は生身の身体ではないので、「死」の後もその姿に変化はない。持ち主は「死んだ」ということで新たに棺桶を購入しその死体を入れるわけだが、そのような異常な行為が持ち主にとってどう「癒し」となるというのか。あるいはそうした行為は、「癒し」という言葉の範疇に入らないなにか特別の悦楽なのか。私の最大の関心事はそこにあった。

【 対面の店 】

卒業した愛美と会ったのは前回とは違うカフェバーで、その店は専門学校から遠く離れていた。もはや前回と同じ店でも全然構わなかったのだが、この店は愛美の推薦だった。
「まさかゴスロリが集合する店ではあるまいな」
私の疑惑に愛美は「爆」とメール文で笑い、「普通のカフェバーです」と言った。
「普通のカフェバー」という表現にどことなく引っかかった私は「普通じゃないカフェバー」なんて店があったらぜひ行ってみたいなどとたわいなく思ったが、ともかく店は了解した。
「アンジェラを連れてくるのか? まだ死んでないのか?」
「まだ死んでないです。意外にしぶといです」
これには笑った。自分の人形が死んだらさぞかし悲しいだろうに「意外にしぶとい」!
やれやれこれでついに「しぶとい半死の人形」と対面か。ため息をつくような気分だった。

その店は賑やかな表通りから少し外れた住宅街の外れにあった。そこに行き着くまでに「こんなところに本当にカフェバーがあるのか? 道をまちがってないか?」と一回は疑うようなところにあった。

白い洋館風の店を見つけてほっとし、そのたたずまいをあらためて眺めた。白い板の壁に出窓があった。淡いグレーの格子。レースのカーテン越しに人形らしき上半身が見えた。よくはわからないが、身長50cmほどのアンティークドールのように見える。ヴィクトリアン王朝時代の少女のようなファッションが見え隠れしている。
「ははあ、そういうことか」となんとなく合点した。愛美は「普通のカフェバーです」と言ったが、推薦するからにはなにか理由があるはずだ。彼女のお気に入りの人形がいるのかもしれない。

【 つづく/次回最終回 】


電子書籍『魔談特選2』を刊行しました。著者自身のチョイスによる5エピソードに加筆修正した完全版。専用端末の他、パソコンやスマホでもお読みいただけます。既刊『魔談特選1』とともに世界13か国のamazonで独占発売中!
魔談特選2 北野玲著

Amazonで見る

魔談特選1 北野玲著

Amazonで見る

スポンサーリンク

フォローする