私がこの本の後書きを書いてから、もう三年以上が経過した。月日のたつのは本当に早いものである。
さて、先日のことだが、修行僧たちを束ねているリーダーである法延くんが、この本を手に私のところへやってきて、こんなことを言った。
「和尚さん! 読みましたよ、あなたの書いた後書き! いやぁ、実にイケてますねぇ。
まるで仏さんのように、口八丁手八丁。あちらが表からああくれば、あなたは裏からこうゆくというわけですな。
まぁ、それらが両輪となって進んでこそ、できの悪い連中もちょっとは救われるというもんですけどね。
ところで和尚さん、この本が世に出るにあたっては当事愛媛県知事だった大高重成さんの尽力があったことをお聞きになったハズですが、彼に対するコメントが全くないようですね。あなた、彼がいったいどんな気持ちでこの本を出版したか、ご存知ですか?」
ワシは言ったよ。
「は? 大高さんの気持ち? ……いや、そんなものは知らんなぁ。なかなかのセンスの持ち主だということはわかるけれども。大量生産すればみんなの役に立つんじゃないかなぁ、という程度のものではないのか?」
そうしたら法延くん、こんなことを言う。
「和尚! あなたの仰るとおり、彼は実にセンス抜群の男でした。だからこそ、このテキストを読んで「これは売れる!」と見抜くことができたのですよ。
ただですね、この本が出版されるまでの道のりは、決して平坦なものではなかったのです。
そもそも、この本の著作権者である夢窓国師は、出版することに反対でした。
それを大高さんが直談判に出向いて熱心に説得を続けたおかげで、ついに国師もその情熱に負けて出版の許可を出したのです。
彼はこう言って国師を説得したといいます。
『いいですか、国師! そもそも最初からこのテキストが存在しないというのであれば、私ももう何も申し上げることはありません。ただ、幸か不幸か足利直義さんはメモ魔でした。だから既にこのようにキッチリしたかたちでテキストが完成しているのですよ。
で、それを読みたい人たちが多勢いて、こぞって書き写そうとしているのですが、私はこれには大きな問題があると思います。
皆が一字一句たりとも間違いなく書き写せるというのであれば、まだいいでしょう。
ところが、まずそんなわけにはいきません。
最初の人が一文字でも写し間違えれば、もう内容は天と地ほどかけ離れたものに成り果てます。
仮に次の人が「なんかおかしいなぁ」と気づいて、それを想像で補ったとします。
そしてその次の人も「なんじゃこりゃ、これはこういうことではないのか?」と、いらん親切心を発揮してそれを修正します。
これがどんどん続いた結果として、同じものを書き写したハズなのに、どれをみても内容がちょっとづつ違うものが大量に巷に溢れることになるでしょう。
でも「決定版」がどれかわからない以上、人々は大混乱に陥ったまま右往左往することになるのです。
「みなの役に立てばよい」という気持ちで実施したことが、かえって混乱を招くことになってしまうのですよ!

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エピソードごとにフルカラーの挿絵(AIイラスト)が入っています。
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