【 魔の自己愛 】(18)最終回/地下室個展の終末

【 処 分 】

「処分するというのは……全部、廃棄処分にするということですか?」
「そうです」
きっぱりとした言い方だった。数秒間、我々は沈黙した。

「どう思います?」と彼女。

賛成でも反対でもなかった。
「なにか……そう決めた理由とかきっかけとか、……そういうのがあるのですか?」
自分でもなにを言ってるのかわからないような返答をした。もう少し会話を続けつつ彼女の心の内を探りたかった。

「納屋を壊して、その下も埋めてしまいたいのです」
「……なるほど、ただの更地にしたいと」
「そうです。家屋も空にして借家にしたいと思います」

ああそういうことか。やっと合点がいった。確かに今のままでは家を空にしたところで、人に貸すことはできない。納屋とその下にあるものは、すっかり消してしまわねばならない。

「リフォームをして自分が住むという選択肢は……」
「もう会いたくないのです」

ハッと打たれたように、彼女を見た。強い調子の物言いだった。こんな言い方をする彼女を初めて見た。なるほどあそこに住む限り、サルタヒコが突然に戻ってくる可能性がある。

また数秒間、我々は沈黙した。私がなにを言ったところで、彼女の決意はすでに固いのだろう。ではなぜ私の意見を求めるのか。

しかしまたこうも言える。相談なんてものは大抵そうだ。
アイバーニアもそうだった。講義が終了した放課後、Macを点検する私の横でアイバーニアは切々と「あちこちの女性に手を出す彼氏」を訴えた。「彼がこんなヒドイことを言った」「彼がこんなヒドイことをした」……そうした話が出るたびに「先生、どう思います?」だ。私はMac画面からゆっくりと視線を外し、「決まってるじゃないか。もう結論は出てるんだろ?」という目でジロッとアイバーニアを見たものだ。そして「別れろ」。その一言だ。
「相談したい」とか「意見を聞きたい」なんてのは、じつはその時点で結論はすでに出ているのだ。その後押しをしてほしいだけなのだ。

【 想 像 】

「また会いましょう」と言って我々は別れた。しかしその後、会える機会はなかなか巡って来なかった。彼女からのメールで「会えませんか?」というお誘いが数回。1ヶ月ほどの時間を置いてそれは来たのだが、私との都合が合わなかった。
納屋はどうなったのか、その下にあるものはどうなったのか、知りたいとは思った。しかしメールではあえて聞かなかった。たぶんメールでは、彼女はその件について書かない。

あの納屋も、その下に並んでいた木箱も、いまはもう存在しないのではないか。そんな気がする。それを確かめる気はないし、その場所に行くつもりもない。あの地下室画廊はまだ私の記憶に残っているが、それも徐々に記憶から遠ざかっていくのだろう。

しかし納屋がすっかり取り壊され、そこにひしめいていた客たちが消滅してしまった後も、地下室はその入口だけが埋められた状態でひっそりと存在しているという想像はどうだろう。

長い長い年月が経過し、木箱はひとつまたひとつと地下通路の床に落ちガラスが割れていく。
ある真夜中に、寝室から飛び出した少女が両親のベッドに走ってきてささやく。
「いまね、お庭のどこかでガシャンとガラスが割れる音がしたの」
両親はチラッと視線を合わせて笑う。
「庭にガラスなんかないわ」とママ。「きっと変な夢を見たのよ。今夜はここで寝てもいいわ」
しかし次の瞬間、3人はガシャンというかすかな音を聞いた。確かにそれはガラスが割れるような音だった。庭に広がる深い闇の、さらに奥の方で、なにかひとつの小さな世界が壊れたような、そんな音だった。

【 完 】


【 追 記 】

「魔談」はホテル暴風雨OPENと共に、2016年4月8日(金)に開始。毎週金曜日になると怪しげな話を語り、この2021年12月31日(金)に300回の連載となりました。よくここまで続いたものだと自分でも呆れます。「いつ行き詰まるか/いつネタが切れるか/いつ飽きるか」と、そんなことばかり心配してきたので、結果、それが功を奏したのかもしれません。来年もどうぞ「魔談」をよろしくお願いします。

電子書籍『魔談特選2』を刊行しました。著者自身のチョイスによる5エピソードに加筆修正した完全版。専用端末の他、パソコンやスマホでもお読みいただけます。既刊『魔談特選1』とともに世界13か国のamazonで独占発売中!

 


スポンサーリンク

フォローする