西武池袋線の江古田駅(東京練馬区)の改札を出てすぐのところに最近ピアノが置かれるようになり、誰でも椅子に座ってしばしの間、ピアノが弾けるようになった。近くに武蔵野音大があり、大学が御厚意で貸し出したらしい。
粋な計らいである。先日この駅を利用した時も、大学生と思われる若者が、熱心かつ器用に弾いているのを見かけた。周りを囲んで楽しそうに聞いていた方も何人もいた。ストリートピアノと呼ばれるらしい。
丁度、同じような場面をフランス映画で見たばかりである。「パリに見出されたピアニスト」という作品だ。
移民が多く住む「郊外」と呼ばれる団地に暮らす低所得階層の若者が、パリ北駅でピアノを弾いているところを偶然国立音楽院の先生に見られ、才能を見いだされてピアノの特訓を始めコンクールに出場するというストーリー。ピアノ自体も、小さい頃近所の音楽好きのお爺さんに手ほどきを受けて、その後、独学で練習してきたという設定だ。
ちょっと現実離れしてるんじゃないかと思いつつも色々と引き付けられるところがあり、それなりに面白く見た。演奏されるピアノの音色が素晴らしいし、パリの風景が美しく撮られているし(燃える前のノートルダム寺院も映る)、恋人のアフリカ系のチェロ専攻の女の子も可愛い。まずまずの佳作だ。
主役の男の子は、ジャン・ルイ・トランティアン(「男と女」「暗殺の森」等)の孫だそうで、最後のニューヨークでの演奏会で登場する様子にはスター性を感じることが出来る。
江古田駅にピアノを貸し出した武蔵野音大のホールを使ってコンクールがロケされた映画が、日本映画「蜜蜂と遠雷」である。恩田陸の原作だが、実際に毎年浜松で行われる新人ピアニストの登竜門であるコンクールに題を得て書かれている。
ピアノコンクールに出場する4人のピアニストの演奏と背負っている人生が描かれる。4人とは、松岡茉優、松坂桃李、森崎ウイン、鈴鹿央士(新人)であるが、それぞれ、以前に大会に参加するも母親の死で演奏が出来なかった若い女性、「生活の音楽」を目指す、仕事と家庭を持つ男性、新進気鋭のジュリアード音楽院の学生、父親がフランスで養蜂を行う家庭に育ち、本人は独学でピアノをマスターした天才肌の少年である。
この映画は演奏シーンが圧巻である。実際は4人の俳優はピアノを演奏していないのであるが、あまり違和感がない。役者がいいからだろうか、演出がいいからだろうか。
年のせいか、優しいシーンがあるとすぐ涙腺が緩む。この映画で松岡と鈴鹿が、二人で夜にピアノで連弾をするシーンが特にいい。ドビュッシーの「月の光」など月に関する曲がメドレーで演奏されるが、出場者の支え合う心がいい。また森崎がコンクールファイナルで、コンチェルトの曲を見事に弾きこなし、オーケストラのフルートの女性がほっとする表情をする時も、ジンと来た。
さて、好きな映画をもう一本!
先ごろ、ある映画監督に勧められて、93年の「月光の夏」を見た。若い特攻隊員二人が特攻出撃の前日に、基地からかなり離れた佐賀県鳥栖市の小学校に徒歩でやってきて、今生の別れとしてピアノを弾いた実話を骨子としている。
公開当時話題になっていたが、「特攻隊員の美談」だろうと判断して見なかった自分を反省した。この映画は「その先」を行っているのだ。戦争の単なる哀しい話に終わっていない。二人の特攻隊員のうちの一人は、出撃の際、飛行機のエンジンの不調で基地に帰って来ており、その後、帰還の事実は隠されて、博多にある「振武寮」という陸軍の建物に軟禁状態にされる。戦後も自分が生き残ったことに負い目を感じて、ピアノを弾いた事を沈黙してきた経緯がある。そこを映画的に実に上手く生かしたシナリオなのだ。
元特攻隊員を演じた仲代達矢、演奏の場に立ちあい、戦後この事実を伝える小学校の音楽の先生を演じた渡辺美佐子が共に好演である。
映画で弾かれるのはベートーベンの「月光」。悲痛にして魂がこもった演奏が行われる。反戦映画の傑作だと思う。
(by 新村豊三)
☆ ☆ ☆ ☆
※ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・詩・絵本論など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内> <公式 Twitter>