病気を克服し制作された絢爛たる大林宣彦監督の新作「花筐/HANAGATAMI」

今年様々な映画雑誌や新聞などで、少しずつ新作の情報が伝えられ、傑作であるらしいという評判も入って来て、見るのを心待ちしていたのが大林宣彦監督の「花筐/HANAGATAMI」である。驚いたことに、大林監督は末期の肺がんに掛かりながら映画を撮ったという情報も入って来ていた。
文藝春秋11月号に長い大林監督の独白記事が出たが、それによると、ステージⅣの肺がんが見つかったものの、イレッサという抗がん剤が劇的に効き、2016年8月の時点で残り3か月といわれた余命が現在は未定になっているとのことだった。

花筐hanagatami 大林宣彦

監督:大林宣彦 出演:窪塚俊介 矢作穂香 常盤貴子ほか

80年代は思春期の少年少女が登場する「転校生」や「時をかける少女」を撮っておられた監督も齢80にならんとし、ここ数年は作風がガラッと変わり、反戦・平和をテーマとしたものになっている。それは、自分の人生の終着点も見えて来たが、日本が徐々にキナ臭く戦争の出来る道を進もうとしていて、これではいけない、平和こそ貴いのだということを伝えるためだといろいろな所で述べておられる。

実は監督とは一度だけお目にかかったことがある。86年の湯布院映画祭で「野ゆき山ゆき海べゆき」が特別上映され、ゲストで参加された時だ。にこやかで物腰柔らかく、パーティでの我々若き参加者の質問に対し、長い時間椅子に座ることもせず、きちんと丁寧に答えてくださった。
その時思ったのは、大林監督ご自身は「言葉の人」でもあるということだった。ご存知のように、彼の映画は目まぐるしく変わるカットや映像のトリックから「映像の魔術師」と言われていたが、言葉も流れるように紡ぎだされ、緻密で論理的で分かりやすかったのだ。30年前のこととて、具体的な事は記憶していないのが何とも歯がゆいけれど。

さて、「花筐」だ。檀一雄の処女作が原作で、何とシナリオは40数年前に作られたものだ。太平洋戦争が勃発した昭和16年、佐賀県唐津市を舞台にした若者たちの青春群像劇。
大学予科に通う4人の若者、3人の若い女性、そして軍人の夫を満州で亡くした中年の未亡人が登場する。映像のトリック、早いカット割り、反復されるショット、人工的着色の映像など目くるめく絢爛たる「大林ワールド」が全開で、その世界に浸るのも映画の快感のひとつだ。映像だけでなく、鼓、竹笛、バッハのバイオリンなどの音楽も優れている。
若者二人が全裸で馬に乗り月明かりの夜海辺を駆けるショット、チェロを弾く軍人の夫の前で舞う夫人のショット等々、極めて美しい映像に溢れている。豪壮できらびやかな唐津の「おくんち祭り」も上手く映像として取り込まれている。

3時間の大作なので様々なテーマが盛り込まれている。恋のすれ違い、若者の死生観等が描かれる。あの時代の、戦争や結核といった「死のイメージ」が色濃くあり、声高ではないものの、前2作同様反戦もテーマとなっている。
正直、そのテーマが詰め込みすぎ、取っ散らかった感じもあるが、ともかく力作で一見に値する。

さて、大林作品の好きな映画をもう一本!

映画「異人たちとの夏」監督:大林宣彦 出演:風間杜夫 片岡鶴太郎 秋吉久美子ほか

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88年に見た「異人たちとの夏」は忘れられない。中年シナリオライター(風間杜夫)が、ある夏の夜、浅草の演芸ホールで、交通事故で早くに亡くなった父母と再会する。ひと夏、小さな長屋に暮らす二人の家に遊びに行ったりして楽しく過ごすが、すき焼き屋の「今半」で、親子でスキ焼を食べる時二人の影は消えてしまうというストーリーだ。

父親を片岡鶴太郎、母親を秋吉久美子が演じ、この二人がとても良い。父は職人気質でキップが良くて母は優しく愛情があって、小ざっぱり暮らしている下町の住人のイメージがぴったりだった。二人が消えてゆく時の、母親の「あんたのこと誇りに思っているよ」という言葉には思わず涙を誘われたものだった。

今年11月池袋の新文芸座で上映されて再見したが、懐かしい昭和が思い出された。落ち着いた、日本的な下町の情緒を生みだす大林監督の演出力には改めて目を見張った。

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(by 新村豊三)

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