今年6月に公開され、一部で反響を呼び、社会的話題になったのが「新聞記者」という劇映画だった。映画館には普段あまり映画を見ないような高齢の方が多く駆け付けておられた。
官房長官の記者会見で食い下がって質問することで名をあげた東京新聞記者望月衣塑子(いそこ)の本「新聞記者」に発想を得た、政界の闇を追っていく若手女性記者の物語だ。
主役に何と韓国人女優シム・ウンギョンが扮し、政府側の官僚を松坂桃李が演じた。
実在する内閣情報調査室に勤務するエリート官僚が政府の陰謀を知ってしまい良心と職務の板挟みになり自殺する。それを女性の新聞記者が追う。
前半はやや面白いが、グイグイ引き込まれる話になっていないし、官僚も官僚に見えないし、シム・ウンギョンも頑張ってはいるがシャープな記者に見えず、底の浅いドラマで失望したのを覚えている。
せっかく政治問題に関心を持った観客が集まっているのだから、その期待に応えるような面白い映画が作れなかったものか。
この程度の映画でも、政府を批判する内容であるため、出演に二の足を踏む俳優が続出して、主役も結局韓国人女優が演じたという残念な話も伝わってくる。その意味で、松坂を評価したい。骨のある役者だ。
さて、今公開中の「i―新聞記者ドキュメントー」だ。
映画のモデルになった望月衣塑子の記者としての活動を追ったこのドキュメントはビックリするほど面白い。彼女の行動力、果敢さ、そして普段もキャリアケースを引きずり、よく動き、よくしゃべくっているエネルギッシュさに驚く。
この数年話題になっては立ち消えになり、いつのまにかこっちも日常生活から忘れていることがテンポ良く出てくる。出てくるは出てくるは。辺野古、森友問題(出てくる籠池夫妻が実に面白い!)、加計学園、伊藤詩織準強姦訴訟、そして天敵の菅官房長官とのやり取り。映画は、彼女の質問そのものを妨害するヒドイ小役人も描く(あんなことやっていいのか!) 。全く飽きない。
そして、だんだん分かってくる。彼女は勿論素晴らしいけれど、実は記者として当たり前のことをやっているだけだろう。他の記者がダメなのだ(記者会見でも変な風に「忖度」して突っ込まないのだ。朝日も毎日もどうしたんだよ!)。
今のメディアがダメなのだ。もう一つ、これが一番大事だろう。あの酷い状態でも、参議院選で保守が勝ってしまう状況。
日本人がバカなのではないか。言い過ぎだろうか。映画の中でも、ある元記者から「日本人は理解力がない、忘れっぽい」という発言が出るが、本当にそうではないか。
だから、この映画には、望月さんが頑張っていて痛快という感想を抱くと同時に、日本のヒドイ所が見えてきて、大きな怒りと絶望感にも襲われてしまう。新聞社に電話が掛かってきて、「殺すぞ」という脅迫が残っているのも嫌だなあ。
映画の中でも本人として何度も出てくるが、編集した森監督の手腕は称賛に値する。ようやく出た今年の邦画のベストにしたいと思う。
さて、好きな映画をもう一本!
韓国映画の新作「国家が破産する日」(2018年)が娯楽性と社会性を兼ね備えて面白い。1997年の通貨危機の時、IMF基金に入るか否かで政府と基金の代表が激しい交渉をする映画だ。シナリオがよく、上は韓国銀行(日銀にあたる)のメンバーも加わる政府の経済政策担当者、手形の不渡りに苦慮する中小企業の末端の労働者、そしてこれを一攫千金の金儲けの機会と考えて活動する連中の3つが登場し、作り手は上手くさばいている。
この映画、役者がいいが、特に悪役、財務省のエリート次官がなかなかいい。
国民を欺き続け、自分はちゃっかり臆面もなく優良企業のトップに収まるのだ。
映画ははっきりとこういう連中を批判している。こういう映画が自由に作れる韓国映画の「忖度」のなさは素晴らしいと思う。ノンバンクが存在したという韓国の経済のいびつさ、脆弱さも良く分かった。
日本の「新聞記者」より数倍面白い。あの映画もこれくらい骨太のドラマを作って欲しかったなあ。
(by 新村豊三)
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