大好きな監督アン・リー(1)台湾時代の秀作「ウェディング・バンケット」

先日、北九州で暮らす甥から電話で訊ねられた。
「叔父さん、ところで、一番好きな監督は誰ですか」

これは答えるのがなかなか難しい。余程の思い入れがないと一人に絞れないのではなかろうか。

大好きな個々の作品だったら「雨に唄えば」「砂の器」「遠雷」、「ガープの世界」「風吹く良き日」「月はどっちに出ている」「リトルダンサー」「きっと、うまくいく」などすぐに出るが、これを撮った監督が一番好きかと言うと、もっと好きな監督もいるなあ。

あれこれ考えて、条件を付けて3人を選ぶことにした。
条件とは、次の3つだ。

・作品は(ほぼ)全部見ていること
・大好きな作品が何本もあること
・まだ活躍中の監督であること

すると、3人は韓国のイム・ゴンテック、日本の周防正行、台湾出身で現在はアメリカで活動するアン・リーとなった。

イム・ゴンテックの作品を見たのは93年「風の丘を越えて」だった。残念ながら、この監督だけは、活動歴が長く、もう昔の映像が残っておらず見ていないのもある。見ることが可能な作品はソウルの映像資料院のスクリーンやDVDで極力見ているので、3人に入れさせてほしい。
周防監督は12月に新作「カツベン」の公開が控えている。

3人目が、今回と次回で紹介したいアン・リーである。
台湾生まれ。漢字で書けば李安。彼は私と同い年。そこにも親近感を感じる。アン・リーは台湾に育った後、25歳でアメリカに渡る。台湾を舞台としたアジア的な秀作、また文学の香り溢れるイギリス文芸作(「ある晴れた日に」)を英国で撮ったりしながら、基本的には米国を舞台に様々な映画を撮り続けるグローバルでユニークな監督なのだ。因みに2005年の「ブロークバック・マウンテン」はアカデミー賞受賞の大傑作。

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彼の作品を初めて見たのは93年の「ウェディング・バンケット」である。
舞台は現代のニューヨーク。台湾の首都台北で堅実な生活を送ってきた老夫婦が、アメリカで暮らすエリート会社員の息子が結婚するというのでニューヨークに出かけていく。しかし、それは偽装結婚であり息子には同性愛の恋人がいる。26年前のことで、まだまだLGBTが受け入れられぬ時代、息子はその事実を隠すしかない。そこから生まれるズレと切なさを上手く描いた映画だった。
元軍人の父親は英語が出来ないということだが、実は、周囲の会話をそれなりに理解して息子の事情も分かっていることが終盤に明らかになる。彼が英語で「I watch, I hear, I learn」(見て、聞いて、分かっていたよ)という台詞は今でも覚えている位だ。父親の切なさが滲み出るが、これも時代の流れであるという諦観も出た秀作だった。

この、息子の同性愛に当惑しながらもそれを表に出さない、実直で滋味ある父親を演じたのが郎雄(ラン・シャン)という俳優で、彼は、台湾を舞台にしたアン・リーの作品に大事な父親役で出ている。「推手」「ウェディング・バンケット」「恋人たちの食卓」で、どれも秀作である。
「恋人たちの食卓」は男手一つで三人の娘を育ててきた料理人の話であった。娘たちは段々に好きな人が出来て家を離れてゆく。詳述する余裕がないが、これもウェルメイドのとてもいいストーリーだった。

さて、好きな映画をもう一本。

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郎雄が登場する日本映画が一本ある。新宿を舞台にした、台湾育ちの俳優金城武が主演の「不夜城」(1998)だ。日本人の馳星周の小説が原作で、監督のリー・チ―ガイや撮影監督たち主要スタッフは香港映画界から参加している。
新宿歌舞伎町で勢力を張ろうとする台湾、香港、上海の中国マフィアの抗争に巻き込まれた台湾人と日本人のハーフ・劉健一の物語だ。
冒頭の、歌舞伎町の一角を映す長回しのショットと、全体を貫くスタイリッシュな演出が印象的。ラスト近く、新宿靖国通り前で金城の弟分の椎名桔平が中国人ボスを襲う銃撃戦はなかなかに迫力があり、よく撮れている。
郎雄は、台湾勢力の言わば影のボス役で、温厚な風貌を持ちつつも、陰で陰謀を企図する役を演じている。その4年後に、82歳で亡くなった。覚えておきたい名優だ。

(by 新村豊三)

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