1995年の邦画マイベストワンは岩井俊二監督の「LOVE LETTER」だった。ヒロインの中山美穂が雪原から遠くの山に向かって、遭難した恋人を想いながら、「お元気ですか」「私は元気です」と叫ぶ切なくも美しいラストシーンが忘れられない。
余談だが、韓国で1998年に大統領に就任したキム・デジュン(金大中)が、「未来志向」を目指す日韓関係樹立のために、それまで公の場では上映が禁止されていた日本映画の一般劇場での公開を許し、幾つかの日本映画を上映したところ、この映画が大人気になったのだ。
山に向かって叫ぶ「お元気ですか」が流行語になった程で、私も、1999年だったか、ソウルの地下鉄で、この映画の大きなポスターを見かけたことがあるし、繁華街ミョンドンの小さな食堂で食事している時、店内にあったテレビで、山に向かって呼びかけるシーンが放映されたのを見たことがある。
また、ソウルで親しくなった韓国語教師の若い女性はこの映画を5回も見ておられ、2007年に訪日された時は、東京観光の後でロケ地の小樽に行かれた。
映画はこんなストーリーだった。神戸に住む博子(中山美穂)が、山で亡くなった恋人の小樽市の公立中学の卒業アルバムに恋人と同じ藤井樹(いつき)という名を見つける。心に踏ん切りをつけようと、小樽の住所に手紙を出す。すると、同姓同名の女の子(中山美穂二役)がそこに住んでおり、返事を返してきたことから手紙のやり取りが始まる。やり取りが続く中、小樽での中学時代のノスタルジックな回想も描かれていく。
中学時代のエピソードに、こんな印象的なシーンがある。セーラー服の女の子の樹が、自転車置き場で、学生服の男の子の樹を待っている。樹がやってくると、夕暮れ、自転車のペダルを手で回して、自転車の灯りで、その日返された定期試験の英語の答案を確認し合うのである。自分も地方の公立の中学校に通った経験があるからか、とても懐かしいものを感じてしまった。
この映画は物語の舞台が神戸(震災直前)と小樽という、日本の中でもエキゾチックな雰囲気を持った街になっており、その風景がよかった。また、雪原、雪山、雪の降る様子もとても美しく撮られている。その美しい風景の中に切ない繊細な物語が進んだ。
最近25年ぶりにDVDで見直して分かったが、中山美穂が初々しく綺麗である。ラストシーンの表情も、記憶の中のそれよりはるかに良かった位だ。現在の恋人である豊川悦司も大らかで優しい関西人を好演している。
さて、岩井俊二の新作「ラストレター」である。東京で売れない小説を書いている福山雅治が、故郷仙台の高校の同窓会で松たか子に出会う。松たか子は亡くなった姉の代理で参加していたのであるが、それを言い出せず、福山は、高校生の時に想いを抱いた同級生だと思い込み手紙を出しやり取りが始まる。
実は、松たか子は、同じ高校の先輩だった福山に恋心を抱いたことがある。映画は若き日の二人の交流を回想として描く。若き日の二人を演じた神木隆之介、森七菜の好演もありとてもいい。
この映画は特に前半、素晴らしい映像と繊細な演技で惹きつけられる。繊細かつリアルで、その場の雰囲気がスクリーンから伝わってくるようだった。
映画は、次第に福山自身の自己再生の話になっていく。つまり、ある事情で小説が書けなかった今の状態を脱していく話になる。
その中で、福山が仙台の飲み屋で出会う二人がとても印象的だった。ある女性はあまりに見事に生活感と崩れた雰囲気を出していて、しばし本人とは分からなかった位だ。「LOVE LETTER」に関係ある人とだけ言っておきたい。
この映画の面白いところは、脇で意外な人が出演し、しかもそれがそれなりの存在感を出している点だ。高校の校長が歌手のさとう宗幸、松たか子の義母の恋人がこれもミュージシャンの小室等、旦那さんに至っては「シン・ゴジラ」の監督庵野秀明なのだ。
この映画は手紙が重要な役割を果たすこと、過去が回想されること、繊細な映像があることで「LOVE LETTER」パート2と言えるだろう。
(by 新村豊三)
☆ ☆ ☆ ☆
※「好きな映画をもう1本!」へのご意見ご感想をお待ちしております。こちらから。
※ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。エッセイ・小説・マンガ・育児日記など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内> <公式 Twitter>