前回に引き続き、新作ドキュメントを取り上げる。
「香川一区」は、誠に胸熱くなる素晴らしい映画。昨年10月の衆院選、香川県の香川一区で行われた選挙戦をリアルに描く。2020年10月20日の回で紹介した、衆議院議員小川淳也の活動を追う「君はなぜ総理大臣になれないか」の続編である。
2時間半全く飽きない。記録映画の最高の一本だと思う。前作で小川の個人的魅力を知ったが、今回は、描かれる選挙戦のプロセスが面白い。
立憲民主党の小川は、小選挙区では自民党の平井卓也とこれまで1勝5敗(比例で復活当選)。しかし、その差は前回2000票でしかない。平井は、3代続く政治家、地元の大新聞社・テレビ局のオーナー一族「殿様」的存在で、菅政権で初代デジタル大臣を務めた。
その保守の金城湯池に、地盤も看板も何もない、少年のような純粋さと情熱を持つ小川が「一人も取りこぼさない政治」を求めて闘っている。因みに小川は県立高校出身(高3夏まで野球部)、東大法を出て旧自治省に勤めた。
お互いの陣営の対比が実に面白い。選挙出陣の時、平井陣営では背広を着た男たちがズラリと揃う。応援は組織的動員、平井の演説は一方的にしゃべるだけ。小川の陣営は、ボランティアがカジュアルな服装、個人が自主的参加。街頭では小川は情熱的に語り対話を重視する。未だに、「本人です」という旗を立てた自転車で回っていく。
選挙活動を撮っていく中で、撮影に圧力がかかる事態も起きる。こちらがドキドキする。カメラが平井陣営を撮影していると、オヤジが、お前何やっているんだ、と女性プロデューサーに凄んで警察に通報する。女性プロデュ―サーは名前を聞かれ警察に行くことになる(当然、「問題ない」とされる)。妨害する方は「表現の自由」も分かっていない。暴力的な圧力をかけてくる。イヤだなと思う。これが日本の現実だろう。
平井陣営はパーティを開くが、人数制限している。10人分の会費を集め、3人しか来させない。つまり、その差額(1回2000万だったか?)は自分たちの収入になるのだ。これって、政治資金法違反じゃないのか?まだある。期日前投票を組織的に行い、それを半強制的に(?)チェックさせているのだ。やや突っ込みが足りない感じもするが、大島新監督、頑張っていると思う。因みに、彼は大島渚監督の長男。
当選の報(2万票の大差)が出た時、長女が「正直者がバカを見る生き方をしなければならないと思っていたが、頑張っていれば、(想いは)届く、という事を知りました」と述べるが、その苦労を映画で見ているだけに、涙滲む。そして、小川はためらいながらもこう言う、「敗れた相手も支持者も背負って、政治家としての活動を行っていきたい。それが日本の民主主義を豊かにすると思うのです」。大きな人だと思う。
こんな政治家が5人でも10人でも出てきたら日本は変わるんじゃないか。そういう微かな希望を生む力がこの映画にはある。
小川は相変わらず県営住宅に住み、朝、奥さんが握ってくれたオニギリ3個を持って家を出る。胸熱くなる。
さて、外国映画に変わるが、好きなドキュメントをもう一本!
昨年公開の、メキシコシティーが舞台の「ミッドナイト・ファミリー」。この大都市は人口900万なのに救急車が45台ほどしかなく、民間人による救急車が市内を走り回る。映画は、親子3人が救急車に乗り、事故の報を聞いて救急車をぶっ飛ばして現場に行き、怪我人等と対応する様子を描く。救急車は、先頭に付いている赤と青のランプが点滅して、けたたましい音を出して走る。この疾走感が「映画的」で高揚感を感じる。
対応するのは、デート中、男に頭突きされ鼻の骨が折れた女子高生、4階から落ちてしまった娘さん等。負傷した本人や家族と、迫真性に富んだやりとりをする。それが、不謹慎だが面白い。
家族はこの活動を善意からでなく、生活の手段として行っている。料金は請求するし、遠回りをしたり病院と結託してリベートをもらっているようだ。警官にはワイロを渡す。これが世界の現実の一つかと思うと、ユーウツにもなる。
父親は無口、小学生の次男は学校に行っていない。10代の長男は、キビキビしているけど、活動しない時は、ずっと恋人に電話している普通の若者。この連中、正規の研修を受けているのかは描かれない。そこがやや不満だが、面白い映画だ。
(by 新村豊三)