韓国映画がやはり今も快進撃を続けている。紹介する機会を逸したが、春に見た「声もなく」「ただ悪より救いたまえ」という犯罪アクション映画も秀作だったし、今回見た「モガディシュ 脱出までの14日間」は大傑作。
この「モガディシュ」は昨年韓国で公開され、観客動員数が1位。国内で一番見られた映画である。実話に基づく、スケール大きい、一流のエンターテインメント映画にして、朝鮮半島の南北の民族の「情」まで浮かび上がらせる。
韓国が中進国から先進国の仲間入りしたソウルオリンピックの3年後の1991年、アフリカのソマリアの首都モガディシュで、北朝鮮と韓国の大使館員が、内乱に巻き込まれ、助け合い、国外脱出を果たすまでを描く。
正直、この国のことは何も知らなかった。映画の中で登場人物たちが「アッサラーム アライクン」(こんにちは)とアラビア語を使ったことで、ああ、この国はイスラム文化圏かと知った。
この映画が素晴らしいのは、まず、外国ロケをしたらしいが、街並みもリアル、ソマリア人たちもリアル、警察も反乱軍もリアルな人たちに見えることだ。それから、北の大使館員たちが、韓国の大使館内に受け入れてもらい一晩を過ごすことになるが、この夜の長いシークエンスが誠に素晴らしい。薄暗い証明もよく、お互い、よく知らない緊張の解けない中、大勢で座って粗末だが韓国側が精一杯もてなす食事をするシーンなどとてもいい。食事を譲り合うところから、図らずも「情」という言葉を思い出す。
もうひとつは、保護してくれるイタリア大使館まで車で行くのに、反乱軍に車が攻撃されるというので、車の車体の上、横に、何と、本や土の入った袋や板を括りつけて、射撃される中を突破していくエピソードとその演出だ。結末は分かっていても興奮する。
物語的には、北の人々を、南に転向したように見せかけ、連れて行くかというサスペンスも、最後まで物語を引っ張る。まあ、あっけなく解決するのだが、あの、飛行機を降りてお互いの国の別々の車に乗り込むときの、南の大使(キム・ユンソク)と北の大使(ホ・ジュノ)がお互い何かひと言いいたいが、言えずに、そのまま、万感の思いを持って別れるところは数年前の大傑作「工作 黒金星と呼ばれた男」の南ファン・ジョンミンと北イ・ソンジュンの関係を思い出させ、胸にぐっとくる。
好きな映画をもう一本! 「モガディシュ」とは、全く正反対の映画だが、「あなたの顔の前に」も独特の魅惑を放つ。監督はホン・サンス。
彼の映画には、いつも呆れるくらい(?)韓国の状況が反映されない。民主化も政治も、格差も分断も何もない。登場人物はふわふわと恋愛に勤しむ。職業は映画監督・大学の先生が多く、知的な階層であったり富裕層だったりする。それでいいと思えもするし、時に物足りなくもある。今回はいつの間にか引き込まれてしまった。
元女優という女性が久しぶりに米国から韓国に帰ってきて、妹や甥っ子に会ったりする。しかし、住んでいるのはガランとした部屋で、元気なさそうに見える。生家の跡を訪ね、約束していたある男性と会う。
生家で自分の過去を振り返って感慨にふけったりして、今までのホン・サンス作品とはちょっと違う。会う男性はクォン・ヘヒョ。ホン・サンス映画にはよく出てくる味のある役者。彼は映画監督で、ヒロインに自分の作品への出演を依頼するのだ。
二人が会ってからは、いつものホン・サンス映画のように酒を飲みながらのダラダラ話が続きとても面白い。カメラ固定の長廻しに引き付けられる。自分の映画に出てもらいたくて、出演を依頼する監督の言葉がいい。30 年前に見た映画について「あの冬の日の、寒さの中で、手を差し出したときのあなたの表情が忘れられないんです」と言う。すると「ガンにかかっており余命 6 ヶ月で撮れない」と言われてしまう。しかし、それでも「短編でいいんです。明日からでも撮れます」と食い下がる。見ていてちょっとジーンとなった。もう、憧れの君に遅れた愛を告白するようだ。
その後、女優から、思いがけない言葉が来る。年上の女性からこんな言葉が出るのはホン・サンス映画の新境地だが、それは伏せておこう。それに対する監督の反応もステキだ。その後、ヒネリを利かせた展開になるのもいい。ホン・サンスは上手いわと感心した。全作見ているが、最高作だと思う。
(by 新村豊三)