クルド人を描く映画3本「路」「バハールの涙」「酔っぱらった馬の時間」

自らの国を持たない世界最大の民族がクルド人である。何と1000万もいるのに、国を持てないのだ。イラン、イラク、トルコなどにまたがるが、住んでいる国からは迫害を受けている。例えば1991年にはフセインから化学兵器で攻撃を受けた。
彼らを描く映画は多数作られており、しかも秀作が多い。クルド人を描く映画を初めて見たのは1983年日本公開のトルコ映画「路」である。

映画「路」監督:ユルマズ・ギュネイ 出演:タルク・アカン シェリフ・セゼル

監督:ユルマズ・ギュネイ 出演:タルク・アカン シェリフ・セゼル他

トルコの刑務所に政治犯として収監されていた5人の受刑者が一時釈放を許されて5日間それぞれの故郷へ帰る行程が描かれる。帰る場所は都会であったり雪深い山岳地帯であったりするが、社会の因習や宗教上の制約、政治犯への圧迫のため辛い帰郷となる。例えば、ある男は不実の行為を行った愛する妻を殺めるよう家族から求められる。その、様々な痛切極まりない物語が実に美しく豊かな自然の中に描かれていく。

映画に劣らず感動的なのは、何とクルド人監督ユルマズ・ギュネイ自身が政治犯として収監されていて、刑務所に面会に来た助手に細かく演出の指示をして撮影し、その後本人が脱獄して編集を行い完成させたという事だ。1982年のカンヌ映画祭の大賞に輝くものの、次回作を撮った数年後、ガンで他界している。さぞ、無念だったろう。

ここ数年、IS(イスラム国)の台頭によりクルド人は迫害を受けた。この事態を描いたのが現在公開中の新作「バハールの涙」である。ISに拉致され奴隷となった女性たちが、脱出した後、小銃を持った女性だけの部隊を組織してISと闘う。イラクのクルド人自治区で2014年8月から2015年11月に起きた出来事に着想を得ている。

「バハールの涙」監督:エバ・ユッソン 出演:ゴルシフテ・ファラハニ エマニュエル・ベルコ

監督:エバ・ユッソン 出演:ゴルシフテ・ファラハニ エマニュエル・ベルコ他

寡黙で緊張感のある映像が山岳地帯を捉えるのが印象的。ヒロインは夫を目の前で殺され、小さな息子は拉致されている。この映画は後半の展開が素晴らしい。手に汗握る。回想で、妊婦も含めて女・子供5人が強制的に共同生活をさせられている場所から脱出を図る様子が描かれる。その脱出の最後は、女性だけの、女性であるからこその痛みと歓びを感じさせるある出来事だ。これには心揺さぶられた。彼女たちが歌う歌の歌詞「女、命、自由」という言葉が感動的に迫る。

バハールという名のヒロインは一昨年のアメリカ映画「パターソン」に出ていたイラン人俳優のゴルシテフ・ファラファ二。美しいが、虚無的で哀しい眼をしている。
もう一人、彼女たちを映像に記録していくフランス人ジャーナリスト(自らも負傷して片目に黒いアイパッチをしている)の存在もいい。夫も戦場ジャーナリストであるが亡くなっている。彼女がラストに、乗ったトラックの上で延々と独白する言葉も身にぐっと来る。
「世の中の人々はクルド人の悲惨をネットのワンクリックですぐ忘れる。でも私は自分のため、自分が出会った人たちのため伝えてゆきたい」、と。
監督はフランス人女性。娯楽性とクルド人の現実を描く社会性、そして女性賛歌の視点も兼ね備えた秀作として一見をお勧めしたい。

さて、好きな映画をもう一本!

「酔っぱらった馬の時間」監督:バフマン・ゴバディ  出演:アヨブ・アハマデ アーマネ・エクティアルディニ他

「酔っぱらった馬の時間」監督:バフマン・ゴバディ  出演:アヨブ・アハマデ アーマネ・エクティアルディニ他

2002年に見たイラン映画「酔っぱらった馬の時間」もクルド人を描いている。イランの国境の山岳地帯で貧しい生活を送る少年少女5人のきょうだいの話。両親は共にない。まだ少年の次男が家長として体を張って働く。15歳の長男は成長が止まる病気のため3歳ほどの体格でしかなく、彼の手術費を稼ぐため次男は大人たちに交じって「密輸」の手伝いをする。
密輸とはラバに日用品を乗せて厳寒の冬山を登ってゆき、国境を越えてイラク側に届けることだ。無論、違法行為であり取り締まる警備隊もいる。雪降る中、ラバたちに景気づけのため酒を飲ませて登ってゆく。

ラスト、酒を飲ませすぎたラバが酔っぱらって動かなくなってしまう。警備隊に見つかって追われる途中、雪の斜面を乗せていたタイヤがゴロゴロ転がる。大人も子供も散り散りになって逃げるしかない。滑稽さを湛えながら、まことに哀切であり胸を打つ。クルド人の現実はこれほど過酷かと思わされる一本だ。

(by 新村豊三)

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