今年の湯布院映画祭、そして原田美枝子の新作「百火」

8月の末、九州は大分の湯布院映画祭が、3年ぶりに行われた(去年、一昨年は秋に短縮開催)。
今年で47回目を迎えたが、コロナ禍に加えて、元実行委員長で映画祭顧問だった伊藤雄氏が1月に享年70歳で急逝して映画祭の大きな柱を失うというアクシデントに見舞われての開催だったが、実行委員たちの奮闘で、例年通りの充実した映画祭となった。

今年の特集は「原田美枝子特集」。本人を映画祭に迎え、代表作11本を上映し、様々な話を伺うことが出来た有意義な特集だった。
シンポが行われ、原田さんに対する質疑の中で参加者から、「日本の大女優は、『サンダカン八番娼館 望郷』で元「からゆきさん」を演じた田中絹代だ。年を取ったら引退ということでなく、原田さんには、年齢に応じて、年を取っても老いをそのまま出して、人間のありのままを演じてほしい」という声が出た。
それに対して彼女から「『乱』の黒沢明監督からは、将来整形をするなと言われた。今になって意味が分かってきた。今度公開の映画では、認知症の高齢者を演じている。ぜひ見てほしい」(大意)の答えがあった。

その認知症の高齢者を演じた映画とは現在公開中の「百花」のことである。東宝で「告白」「モテキ」やアニメ「君の名は。」など次々に大ヒットを飛ばす川村元気プロデューサーが、原作・脚本を書き、初監督まで務めている。公開二日目に見て驚いた、立派な秀作なのだ。今年観た新作劇映画の中で最も優れていると思う。

「百花」監督:川村元気 出演:原田美枝子 菅田将暉 長澤まさみ他

「百花」監督:川村元気 出演:原田美枝子 菅田将暉 長澤まさみ他

60代の百合子(原田美枝子)は、日常生活の中でアルツハイマー型認知症の症状が出ている。シングルマザーとして一人息子の泉(菅田将暉)を育て、泉は職場結婚して家庭を持ち、妻の香織(長澤まさみ)はお腹に子を宿している。
映画は百合子の、「現実」と、頭の中の「認識」がずれてしまう症状(例えばスーパーで同じところをぐるぐると回る、関係のない小学校に行ってしまう)を描き、見ていて怖いし身につまされる。しかし、この映画は「認知症」の映画ではない。
段々と分かってくるが、母親にはある汚点と言うか、昔、息子に対して取った許せぬ行動があり、息子はそれに対して、今でも釈然としないもの、こだわりを持っているのだ。母親もそれへの悔悟の念を抱いている。。。

そういった内容をこの映画はじっくりと、新人と思えぬ豊かな映像表現で描いていくのだ。この映画は、長回しのワンシーン・ワンカットで撮られるが、特に傑出した二つのシーンがある。一つは神戸でのシーン。もう一つは、諏訪湖で花火を見るシーンだ。
母親は息子に「半分の花火が見たい」と何度も口にするが、ラストでその意味が分かる時、息子の泉は静かに涙を流す。私も、その時、思わず涙してしまった。
原田美枝子は60代と、回想の30代を見事に演じ分けている。現在の60代では、アップで顔の皺もさらしている。そこがいい。うそのない、生の人間が存在している。
それにしても、川村監督の才能には驚く。風格も備えた作品である。

この作品が原田美枝子の最高演技の作品だと思うが、それに匹敵するのが1998年の「愛を乞うひと」だろう。この映画も湯布院映画祭で上映され、シンポで多くの観客が絶賛したが、一方で「素晴らしい映画です。でももう二度と見たくないです」という声も出た。

愛を乞うひと

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そう、この映画は、母親が娘を折檻する(今風に言えば児童虐待)映画なのだ。戦後、台湾人の夫との間に生まれた子(照子)を娘に持つ母親(豊子)は、キャバレー勤めをしながら、照子をいじめ続ける。
映画は大人になった現在の照子が、父親の遺骨を探していくストーリーと、昔の豊子が家庭を持って生きていく姿を描く2重構成のストーリーで、原田美枝子が母と娘の二役を見事に演じ分けてこの年の主演女優賞を独占した。
ラストは、何と二人が再会することになり、一つの画面に二人の原田美枝子が存在することになる。

余談だが、平山秀幸監督が、その殴る蹴るの虐待のシーンをどうやって撮影したか話してくれた。娘役の少女のことを考慮して、撮影はワンテーク、腕や足にプロテクターをつけた、少女が吐いたゲロに顔を押し付けられるシーンでは、ゲロに(もちろん本物のゲロではないが)少女の好きなレモン味、ブドウ味などの味付けをしてあげて精神的負担を軽くしようとしたとのことであった。映画のスタッフは役者にも気を遣って映画を作り上げていくものだと感心した。

(by 新村豊三)

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