実に心優しい映画を見た。LGBTをテーマにした日本映画「彼らが本気で編むときは、」である。見る前は若手イケメン俳優が女装する話題作りの映画かと思ったりしたが見て大いに反省した。今の時代の大事なテーマを扱い、しかもデリケートでユーモアも持った秀作映画だった。
シングルマザーの母親に家出されてしまった小学生5年の女の子トモが、書店員をしている叔父さんの家で一緒に暮らすことになるのだが、叔父さんと同居しているのが性転換の手術をした元男性のリンコさんだ。
このリンコさんは仕事先でも家庭でも実に優しく気配りが出来てまめまめしい(例えば皆のために作る食事の美味しそうなこと)。しかも綺麗だ。生田斗真という若い俳優が演じている。長年日本映画を見てきたが、こんな魅力的なトランスジェンダーの女性を見たことがない。
叔父さんの母親が認知症になり施設に入りそこで働くリンコさんと知り合ったという設定だ。その叔父さんは桐谷健太が演じて実にさっぱりした男性像になっている。
穏やなリンコさんも実は少年のころからずっと辛いことを経験してきて、その辛さや切なさを編み物で解消している。いや静かに飲み込んで我慢しているというべきだ。その編み物たるや、実は、自分が女性になるために切り取った男性自身の形状をしている(可愛い毛糸の編み物です、誤解なきよう)。
映画のラストでは人間の煩悩の数に合わせて108個を作りそれを燃す儀式を行ったりする。
この映画の良さは全体としてほっこり柔らかいタッチを持っているところだが、その「煩悩の編み物」のエピソードのように、爆笑を誘うユーモアのセンスがあるところもいい。
血のつながらない疑似母子の関係だけでなく、心と体の違和感を持つ少年時代のリンコを守る母親の話、認知症になった母とその実の娘の話などいろいろな親子像が描かれる。話される台詞の一つ一つが心に沁みるようだった。例えば、認知症の母と性格が合わない姉のことを、弟の叔父さんはこう優しく弁護する。
「親子でも、人対人なんだよ。どうしても気が合わない関係もある。嫌いということとは違う。むしろ愛してやまないからこそ、裏目に出ることもある」と。
監督は女性の荻上直子。これまでの作品は「癒し系」の作品と言われてきたが、この作品は見た人のトランスジェンダーの認識を変える力を持つのではなかろうか。多様な愛の形、暮らしの形があっていいのだと私は思わされた。
おそらくこういうLGBTがテーマの映画作りを継続して行っているのは、実は、アメリカ映画だろう。トランプ大統領みたいなマイノリティ蔑視の人物も出るが、アメリカ映画は、こういう、時代が生み出す新しい社会問題や人権に敏感なところがある。それは様々な人種や民族の人が集まっているから問題が生まれやすい、それから、人間の理想を信じてヒューマンな映画を作ってきた伝統があるからと考えていいだろう。
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さて、このテーマで好きな映画をもう一本。3年前公開のアメリカ映画「チョコレートドーナツ」も心に残るいい映画だった。実話を基にした作品で、70年代、ロスで、これも親からネグレクトされたダウン症の子をゲイのミュージシャンと弁護士が引き取って育てようとするが社会の壁に阻まれ裁判を起こす。
アメリカでもまだまだ同性愛には偏見の目が注がれていた時代だ。同性愛の二人には子供の養育は出来ない、まして障害を持った子だからと、地元の家庭局から引き取ることを認めてもらえない。
実際ゲイのミュージシャンである、ミュージシャン役のアラン・カミングスが素晴らしい。仕草や目、子供に対する接し方などがとても優しいのだ。映画のラスト、彼が最後に怒りや切なさを込めて唄うボブ・ディランの“I Shall Be Released.”には感動を覚えた。
(by 新村豊三)