コーダを描く昨年の秀作「ぼくが生きてる、ふたつの世界」、そして1991年の「息子」等

「キネマ旬報」や「映画芸術」で昨年公開映画のベストテンが発表された。「映画芸術」では、私が昨年一番好きだった「青春ジャック 止められるか、俺たちを 2」が一位となり、とても嬉しい。

さて、未見でずっと気になっていたキネ旬6位、映芸7位の「ぼくが生きてる、ふたつの世界」を配信で見たが、素晴らしい映画だった。
2021年に「コーダ あいのうた」がアメリカのアカデミー賞で作品賞を取ったが、この映画は日本版「コーダ」である。コーダとは、親が聾唖である子供のこと。アメリカ版では、ヒロインの女の子が歌の才能を認められ音楽大学に進学する内容だった。<2022/3/30の回で紹介>

監督:呉美保 出演:吉沢亮 忍足亜希子 今井彰人ほか

監督:呉美保 出演:吉沢亮 忍足亜希子 今井彰人ほか

日本版は、宮城県の石巻市が舞台、聾唖の親の元で育つ大(吉沢亮)の話である。父親は今井彰人、母親は忍足亜希子が演じている。二人とも聾唖である。
アメリカ版のようなサクセスストーリーでなく、もっとリアルで切実な問題を描く。つまり、子供の頃、親が聾唖であるためにいじめを受けたり、親をうとましく思ったり、ましてや、反抗期も手伝って、親にキツい言葉を投げかけたりする姿が描かれる。
やがて、この若者の大は、東京に出て働くことになる。高卒であり、いろいろと苦労するが、自分がコーダであったことが他人を助けることもあることを知る。やがて編集の道に入る。東京で揉まれる中で、段々と親の立場を理解していく。

吉沢亮が素晴らしい。優しさと屈折の中で自分でも自分を対処できない感じを上手く演じている。吉沢は手話を会得し、自然に自在に聾の親とコミュニケーションをする。
ラストシーン、ローカル線の電車に乗って上京するために、駅(阿武隈急行梁川駅)に母親が見送りに来た時のシーンには胸打たれる。大はこれまでを思い出し、母への後悔の念や愛おしさが一気に溢れ出る(このシーン、コーダでなくても、多くの人が自分を重ねるのではないか)。このシーンによって、この映画が、「コーダ」のリアルな姿を描くというテーマだけでなく、母子の愛の映画であることが理解される。
映画の表現としても、父親が大に、若い頃駆け落ちをしたことがあると伝える長回しのシーンもいい。登場人物皆がリアルであり、女性監督呉美保の繊細な演出が光る。エンドロールに流れる主題歌「Letters」のギターのソロの弾き語りが心に染みる。英語の歌詞も、監督が書いている。

聾唖の夫婦が主人公である名作は昔もあった。昭和36年の「名もなく貧しく美しく」だ。夫婦を小林桂樹、高峰秀子が演じた。脚本監督は高峰の夫である松山善三。初監督作品である。二人は聾学校の同級生。戦後の荒廃した東京で、貧しい二人がお互いを支え合って生き抜いていく。男の子が一人生まれ、苦労しつつ育てていく(母親は多少聞くことも話すことも出来た)。
詳述する余裕がないが、電車の中で、別々の車両にいる二人が手話で思いを伝えるシーンは名シーン。優れた映画だが、書いてしまうと、最後に悲劇が待っている。この構成、何とかならなかったかと今でも思う。

好きな映画をもう一本! 夫婦とも聾唖、という訳ではないが、地方から上京して働く健常者の若者が聾唖の女性を好きになる映画が山田洋次監督の名作「息子」(1991年)。
岩手から上京してきた若者の哲夫(永瀬正敏)は、鉄工所に勤めトラックで取引先の工場に鉄骨を届けて回るうちに、倉庫で働く征子(和久井映見)と出会う。二人は段々と惹かれあっていく。連絡を取り合うのに、その当時普及して来たファクシミリを使うという手段に、映画として上手いなあ、リアリティがあるなあと驚いた記憶がある。

監督:山田洋次 出演:永瀬正敏 三國連太郎 和久井映見ほか

監督:山田洋次 出演:永瀬正敏 三國連太郎 和久井映見ほか

故郷で一人暮らしをする父親(三国連太郎)が戦友会出席のために岩手から上京する。大学も出て優秀な長男は千葉に暮らし、家庭も持ち堅実な暮らしをしている。父親の悩みは、定職につかず不安定な生活を送る次男の哲夫がきちんと生活していけるかだ。
聾であっても優しい征子に対し、これなら大丈夫と安心し、ラスト、父親は雪に閉ざされた岩手の家に帰ってゆく。実は、昨年再見した。35年前は気づきもしなかったが、自分も高齢になり、過疎の村に1人で暮らす老人の立場が今は身を切られるように迫って来た。

ともかく、若い二人、永瀬正敏、和久井映見が好演。和久井映見に至っては一言も台詞がない。しかし、控えめだが誠実さ、芯の強さが伝わって来るのだ。

(by 新村豊三)

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