「桐島です」が中々面白いが、この映画の脚本を書いた梶原阿貴が自分の人生を書き綴った「爆弾犯の娘」が、映画に勝るとも劣らず面白い。

監督:高橋伴明 出演:毎熊克哉 奥野瑛太、白川和子ほか
「桐島です」は、1970年代の爆弾闘争で指名手配を受け49年間逃亡生活を続けた実在の桐島聡の物語。
彼は昨年2月、末期ガンで入院した際、警察に「桐島です」と名乗った数日後亡くなった。彼を知る人たちの証言や想像を交えて、その桐島の逃走中の仕事や生活が描かれる。
高橋伴明監督と梶原阿貴は3年前、ホームレス女性が渋谷のバス停で殺された事件を基に作られた「夜明けまでバス停で」を製作し高い評価を受けた。
全く同じテーマで桐島を描いた別の作品「逃亡」(足立正生監督)は、今年2月に公開された。残念ながら、後半、「逃亡」することの意味を哲学的に考える観念的な映画になってしまい、正直面白さを感じられなかった。
一方、「桐島です」の方は、怖そうな映画と思いきや、笑いもあるし、様々なデティールが豊かで、まず映画として面白い。主役の毎熊克哉も中々の好演であり、20代から70代まで一人で演じている。
正直、私も70年代初頭の極左の爆弾事件のことをよく知らなかったが、この映画は、まず冒頭で、当時どんな事件があったかが要領よく説明されるので、桐島がどんな行為を行って逃亡生活に入るのかよく分かる。
偽名を使って川崎の小さな土木建設会社で働き、同じアパートに住み続ける。同じアパートには得体のしれない、しかし面白く個性的な人も住む。たまの息抜きはスナックで飲むこと。持ち歌は河島英五の「時代おくれ」。この、歌詞の「目立たぬように」とか「自分のことは後にする」というフレーズが、見事すぎる位、彼の生き方に重なる。そんな彼は若い女性に恋心を抱かれたりもする。
段々分かってくるのは、彼が他人に気を遣い、親切を行う優しい人物であるという事だ。確かに、桐島は、爆弾で無辜の市民に負傷を負わせてしまったが、40年、こんな生活をしたら、それなりに罪を償ったのではないか、と思われてくる。それに、爆弾作りのそもそもの動機が、戦前戦後、東南アジアを搾取しつづける企業が許せない、よりよき社会を目指したいという、それ自体は純粋なものであったから(手段は許容できぬも)、それなりに真面目な人なのではないかと思えてくる。一見に値する映画だと思う。
さて、梶原阿貴は、監督から脚本依頼を受けて、わずか5日間でこの脚本を書きあげている!なぜ、それが出来たのか?自分の半生をフィクションなしで書いた、彼女の著書「爆弾犯の娘」を読んで驚いた。梶原は、別の爆弾事件犯梶原譲二の娘なのである。父親は、桐島の指名手配のビラの横に載ったこともある。
父、妻、娘の家族は14年間逃亡生活をしている。「逃亡」と言ってもあちこち居場所を変えたわけでは無い。娘が小学生の時は池袋に暮らしている。父親は家にこもり切りで昼は一切外に出ない。母親は外に仕事に出ている。池袋をよく知る身としては、喫茶店「伯爵」の名が出てきたりロマンス通りの名が出てきて、極めてリアルだ。
父親は梶原が私立中に入る前に警察に自首する。梶原は埼玉の飯能市にある自由の森学園に入学し、やがて、女優として映画に出ることになっていく。そして、時が流れ脚本家としてデビューする。
あっと驚く話の連続である。多くのエピソードに富む。静岡の刑務所に収監された父親に会いに行った時の話などは、何だか、ジンと来る。個性的な人物(伊豆で旅館の待合を営む祖母等)、俳優の石橋蓮司や若松孝二監督なども実名登場する。ユーモアもある。
爆弾犯を父に持つからこそ、様々な思いを込めて、一気に「桐島です」の脚本を書くことが出来たのだ。きっと、余人のうかがい知れない父親への愛憎や、複雑な思いが積み重なっているのだろう。また、詳述するスペースがないが、文章が素晴らしく見事である。一気に読ませる文章なのだ。
普通でない人生を送った爆弾犯の娘が、女優になり、その後女優から一流の脚本家へ。この世はワンダーに満ち満ちて、様々な人がいるものだと改めて思う。

監督:中原俊 出演:中島ひろ子 つみきみほ 白鳥靖代ほか
好きな映画をもう一本! 梶原が高校生の時出演した映画は「櫻の園」(1990年)。女子高で、チェーホフのお芝居を演じるために、演劇部の女子部員たちが稽古を繰り返していく過程を描く、繊細で美しい映画だ。梶原は主役ではないが、大事な役を演じている。キネ旬一位。
(by 新村豊三)