劇場公開もされずDVDも発売されず20年以上見たいと念じていたポーランド人監督の映画をついに劇場で見ることが出来た!
イエジー・スコリモフスキという監督の、1970年制作、イギリス・西ドイツ合作映画「早春」である。当時、監督はイギリスで実質、亡命生活を送っていた。
この映画を知ったのは、95年にキネマ旬報社から出た「世界映画オールタイムベストテン」という雑誌で、私と同世代の映画評論家たちが上位に入れていたことによる。例えば、同じ年の野村正昭さん(毎年600本余りの新作を含め、多分、日本で一番映画を見続けている方)はテンに入れないものの涙を呑んで落としたものとして紹介され、年下の塩田時敏さん(韓国映画にかなり強い)は8位に挙げている。
信頼する同世代の批評家に評価されている作品なら何としても見たいと思ったのだ。
それから20年が経った。ここ数年、監督の新作(「アンナと過ごした4日間」「イレブンミニッツ」等)が公開されるものの、この「早春」は再上映はおろか、何故かDVD発売もなかった。
毎年行われ、今年第6回目となるポーランド映画祭で、ついに12月の上旬、上映の陽の目を見たのである。
上映は期間中2回限り。仕事の関係で、日曜朝の回しか見られない。
この日、朝早く起床して向かった都写真美術館ホールに、上映開始45分前に着くと、もう100人程が列を作って外で待っているという人気の高さである。みんな、待ち焦がれたファンばかりなのだろう。
さて、前置きが長くなったが、この「早春」についての感想だ。これぞ鮮烈という映画であって、映画的興奮を感じて画面に惹きつけられた。「鮮烈」というのは、内容と映像表現の双方である。
ストーリーは、高校を中退しロンドンの公衆浴場(プールや温水の個室がある、日本と違う構造だ)で働くことになったナイーブな15歳の男の子の、同じ職場で働く年上の女性への恋情と行動を描く。正しくは、大人の女性への憧れと好奇心がないまぜになった感情(あるいは、この時期の「発情」なのかもしれない)に突き動かされてゆくと言うべきだろう。
後半からは先の読めない展開になってゆく。相当に面白い。テーマも興味深いが、人物が生き生きとしていてエネルギーがあるのだ。画面の色彩も、70年代的と言うべきか、一筋滴る血の赤い色、女性が着ているレインコートの黄色、古びた公衆浴場の壁の緑となかなか印象強烈なのだ。
さて、わけてもこの映画がユニークなのは、舞台である公衆浴場のプールが見事に「映画的」に使われていることだ。
たとえば、少年はいかがわしい繁華街のストリップ小屋の前にあった、憧れの女性にそっくりのストリップ嬢の写真の看板(等身大の大きさ)をかっぱらってきて、それを抱えてプールの水の中に飛び込むシーンが出てくるが、その看板は一瞬、生身の女性に変る。このイメージショットがなかなかに切なくていい。その写真で、彼女と抱擁している気持ちになっているのだ。
また、女性には恋人がいて婚約指輪をもらっているのだが、少年と二人で外にいる時、それを雪の中に落としてしまう。見つからず、二人は、雪の塊りごとプールに運び、お湯で溶かす作業を始めるのだ。そこから、あっと息を呑んでしまうような展開になっていくのが凄い(ここには書かないが、思わず声を挙げてしまったような場面もあった)。
一言で言うと、青春の抒情と残酷さがびっしり詰まった、映画史に残る大傑作だと思う。
この映画の上映の日、何と78歳のスコリモフスキ監督自らが上映後登場され、通訳を通じて話をされた。眼光鋭くオールバックで、身長もあり偉丈夫であった。
監督に一言、素晴らしい映画でしたと伝えたかったが、監督の映画のDVDセットを持参された方、公開当時の古びたプログラムを持参された方が何人もサインを求めておられ、そのチャンスがなかった。
監督としては、パンフを何十年も保存しておくような筋金入りの熱心なファンがいれば監督冥利に尽きるのではなかろうか。
聞けば来年一月に恵比寿にある映画館で再上映されるとの事。是非一見をお勧めしたい。
(※追記。2018年3月、DVDとBlu-rayが発売された)
(by 新村豊三)